伝説の人・徐福の渡来地は和歌山!?謎に満ちた新宮市「徐福公園」

伝説の人・徐福の渡来地は和歌山!?謎に満ちた新宮市「徐福公園」

更新日:2021/05/21 16:23

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
司馬遷の『史記』によると、いまから2200年ほど前、中国大陸をはじめて統一した秦の始皇帝がある人物を「東方の三神山」へと遣わし、不老不死の霊薬を求めたとされます。その人物の名は「徐福」。徐福が向かった「東方の三神山」は現在の日本列島であるという説もあります。そんな徐福が上陸したと伝わる地が和歌山県にあること、ご存知ですか?今回は徐福の渡来伝説を現代に伝える新宮市の「徐福公園」をご紹介しましょう。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一部都府県に緊急事態宣言が発出され、不要不急の外出の自粛が求められています。加えて自治体独自での緊急事態宣言発出や、往来の自粛要請をしている場合があります。また施設によっては休業していることがあります。Go To トラベルキャンペーンについても全国で一時停止となっています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新情報をご確認ください。外出の際はしっかりと感染予防対策をして行動しましょう。(トラベルjp)

徐福ゆかりの地!新宮市の「徐福公園」

徐福ゆかりの地!新宮市の「徐福公園」

写真:乾口 達司

地図を見る

「徐福公園」があるのは和歌山県新宮市。司馬遷の『史記』によると、不老不死の霊薬を求めた秦の始皇帝は「徐福(じょふく)」を「東方の三神山」に派遣。徐福は三千人の童男童女らを引き連れて出発するものの、その地で広い平野と湿地を得て王となり、そのまま始皇帝のもとに戻ることはなかったと記されています。そんな徐福の一行が渡来したと伝わる地は日本列島に複数存在しますが、その候補地には現在の和歌山県新宮市もふくまれています。

その伝承にちなみ、1990年代に公園として整備されたものこそ「徐福公園」です。現在、公園の正面にはご覧のような極彩色の中国風の楼門が建てられ、新宮の街中で異彩を放っています。

徐福ゆかりの地!新宮市の「徐福公園」

写真:乾口 達司

地図を見る

裏門も大陸風の意匠が凝らされており、石造りの獅子が上に乗っています。

実在の人物と考えられている徐福の石像

実在の人物と考えられている徐福の石像

写真:乾口 達司

地図を見る

徐福公園の敷地には、ご覧のような石像が立っています。もちろん、徐福の石像です。

実在の人物と考えられている徐福の石像

写真:乾口 達司

地図を見る

徐福は長らく伝説上の人物と考えられてきましたが、中国・江蘇省連雲港市にある徐阜という村が清代以前には「徐福村」と呼ばれていたことが判明して以降、徐福は実在の人物であったと考えられるようになりました。

徐福公園のシンボルというべき石像なので、お見逃しなく。

徐福とその従者たちの墓碑

徐福とその従者たちの墓碑

写真:乾口 達司

地図を見る

敷地の中央に自生している大木は「天台烏薬(てんだいうやく)」。徐福の求めた不老不死の霊薬の正体ではないかと考えられている樹木です。

徐福とその従者たちの墓碑

写真:乾口 達司

地図を見る

天台烏薬の根元にひっそりと立つのが、徐福の墓碑です。高さは1.4メートル、幅50センチの緑色片岩で、表面に刻まれている碑文は、紀州藩藩主・徳川頼宜が儒臣の李梅溪に書かせたものです。

徐福とその従者たちの墓碑

写真:乾口 達司

地図を見る

その隣に立っている緑色片岩の自然石は「七塚の碑」。1915年(大正5)、熊野地青年会によって建立されたもので、徐福の重臣七人をまつっています。

現在の形に整備されるまでは徐福の墓をかこむように七つの円墳が点在し、北斗七星の形に配置されていたとのことです。

徐福顕彰碑や不老の池

徐福顕彰碑や不老の池

写真:乾口 達司

地図を見る

写真は徐福の偉業を顕彰をした「徐福顕彰碑」。高さ2.5メートル、幅1メートルの黒色縞状石灰岩に徐福を礼賛する銘文が刻まれています。

1834年(天保5)、藩命により、儒者・仁井田好古の撰・書による顕彰碑が造られたものの、海路を輸送中に強風で沈み、1940年(昭和15)にあらためて建てなおされました。

徐福顕彰碑や不老の池

写真:乾口 達司

地図を見る

こちらは「不老の池」。徐福に仕えた七人の重臣にならい、池には七匹の鯉が泳ぎ、彼らが有していたとされる「和」「仁」「慈」「勇」「財」「調」「壮」という七つの徳を刻んだ石柱がかつての七塚にならって、北斗七星の形に配置されています。

<徐福公園の基本情報>
住所:和歌山県新宮市徐福1-4-24
電話番号:0735-21-7672
アクセス:JR新宮駅より徒歩約3分

食から徐福を偲ぼう!徐福寿司

食から徐福を偲ぼう!徐福寿司

写真:乾口 達司

地図を見る

徐福公園から数分、JR新宮駅の駅前には、徐福の名にあやかった「徐福寿司」というお寿司屋さんがあります。1950年(昭和25)創業の新宮を代表するお寿司屋さんです。

食から徐福を偲ぼう!徐福寿司

写真:乾口 達司

地図を見る

お勧めは名物の「さんま寿司」。熊野灘産のさんまを塩漬けにした上、和歌山県古座川産のユズ酢に漬け、寿司飯にのせたもの。テイクアウトも可能です。

徐福にちなんで「徐福寿司」に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

<徐福寿司の基本情報>
住所:和歌山県新宮市徐福2-1-9
電話:0735-23-1313
アクセス:JR新宮駅よりすぐ

徐福公園で徐福に思いを馳せよう!

徐福公園がいかに徐福を顕彰した公園であるか、おわかりいただけたことでしょう。もちろん、徐福が活躍していたのは、いまから2200年も前のこと。新宮市に上陸したという話も伝承の域を出るものではなく、その顕彰も江戸時代になってからはじめられたものに過ぎません。その意味ではいまだ謎を秘めた人物であるといえますが、それだけに歴史のロマンが感じられることでしょう。

新宮市を訪れたら徐福公園に足を運び、徐福の渡来伝説に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

2021年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2020/12/30 訪問

- PR -

条件を指定して検索

- PR -

この記事に関するお問い合わせ

- PR -