福岡に築かれた国土防衛のための古代山城「大野城跡」を散策

福岡に築かれた国土防衛のための古代山城「大野城跡」を散策

更新日:2021/07/24 14:20

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家
福岡県大野城市、太宰府市、糟屋郡宇美町にまたがる巨大な山城・大野城跡をご存知ですか?大野城跡という言葉だけだと、近世の城のようなイメージを持たれる方も多いでしょうが、特別史跡大野城跡は、古代の山城です。今回の旅は、半日から1日で巡るプランですが、もちろん全ての史跡を巡ることはできません。太宰府天満宮への参拝の前後に時間を作って、古代の国土防衛のための巨大山城へ挑んでみてはいかがでしょうか?

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大野城心のふるさと館で情報収集〜大野城の守り水城も散策

大野城心のふるさと館で情報収集〜大野城の守り水城も散策

写真:村井 マヤ

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大野城跡を目指すにあたって、限られた時間で効率よく巡ることが重要です。やみくもに行っても重要なものを見逃すことも多いので、まずは情報収集をしましょう。

その際、立ち寄って欲しいのが、写真の「大野城心のふるさと館」という市民ミュージアムです。大野城跡の情報はもちろん、大野城と同様に重要な水城という防衛施設などについての詳しい情報が得られます。

ちなみに特別史跡・水城跡は、天智3(664)年に築造された古代の防衛施設です。水城の築造には、天智2(663)年に日本が朝鮮半島の百済へ援軍を送り、白村江(はくそんこう・はくすきのえ)で新羅、中国の唐王朝に大敗したという歴史背景があります。新羅や唐が攻めてくることを想定してつくられています。大野城と水城の関係性なども、こちらの施設でご覧いただくとわかりやすいですよ。

また、大野城跡や水城跡のパンフレットもこちらで。まずは、これだけは見たい!という史跡を決めましょう。

大野城心のふるさと館で情報収集〜大野城の守り水城も散策

写真:村井 マヤ

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写真は、「大野城心のふるさと館」から車で10分くらいの場所にある「水城館」(太宰府市)と隣の展望台からの水城の眺望です。水城は、長さ約1.2kmにわたる上下二段の盛土(土塁)で造られています。向かって右側の木が茂っている部分が、上成土塁で、なだらかに低くなっている写真向かって左側に広がるのが下成土塁です。あわせて約10mの高さがあり、下成土塁は80mもの横幅がありました。

水城は、大宰府政庁を守るための防衛施設と考えていただけたら分かりやすいでしょう。大野城は、その背後の山にそびえ、水城を突破された時に、役人や麓に住む人々が逃げ込むための城だったのです。

大野城跡を車で巡る〜太宰府口城門からスタート!

大野城跡を車で巡る〜太宰府口城門からスタート!

写真:村井 マヤ

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大野城跡を短時間で巡る場合は、これだけは見たいとあらかじめ目星をつけましょう。ちなみに大野城跡は四王寺山にあります。今回は、「太宰府口城門」「増長天礎石群」「鏡池」「百間石垣」の4つを中心に巡ります。また、半日から1日での散策ですので、交通手段は自動車です。

駐車場は、「焼米ヶ原」にありますので、一旦、駐車してあとは徒歩で散策してくださいね。

写真の城門は、太宰府口城門といいます。太宰府口城門は、大野城跡の南側にあり、大野城跡の9つの城門の中では最も大きな門です。

横には、水ノ手口石塁と呼ばれる石垣もあるので、覗いて見てください。古代の技術に驚かされますよ。

大野城跡を車で巡る〜太宰府口城門からスタート!

写真:村井 マヤ

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太宰府口城門は、発掘調査により2回建て替えられたことが分かっています。発掘調査では、最初に建てられた時の門の柱が発見されており、年輪での年代判定により648年以降に木が切られたことが分かっています。大野城の築造年代(665年)に近いこともあり、興味深い発見でした。

百済の亡命貴族の指導の下、大野城などの朝鮮式山城がつくられ、大宰府の守りとしたのです。こうした築城や水城などの防衛施設の築造技術は、当時の高度な技術を証明しています。

尾花地区の土塁から尾花(焼米ヶ原)礎石群の散策

尾花地区の土塁から尾花(焼米ヶ原)礎石群の散策

写真:村井 マヤ

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写真は、大宰府口城門近くの土塁の様子。見晴らしの良い土塁上の道は、歩きやすいし楽しめる散策道です。大野城の土塁は、総延長約8kmに及びます。

土塁沿いには、江戸時代に建立された四王寺山三十三石仏が祀られています。そのため大野城跡では、三十三石仏巡りを楽しまれている方も多数いらっしゃいます。

尾花礎石群は、写真左側部分にあります。礎石群の看板もありますので、その周辺を散策してくださいね。

増長天礎石群と水がなくならない鏡池

増長天礎石群と水がなくならない鏡池

写真:村井 マヤ

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焼米ヶ原から、県道を挟んで西へ土塁沿いを歩いて行くと、道標に「増長天礎石群」の案内がありますので、その指示にしたがってください。増長天礎石群は、土塁のすぐ横にあります。

4棟の倉が2段に分かれて軒をそろえて建っています。なかなか圧巻の眺めです。

増長天礎石群と水がなくならない鏡池

写真:村井 マヤ

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どの倉も3間×5間の大きさの建物で、面積は約66平方mです。増長天礎石群にある建物のうち3棟は、礎石の周りに掘立柱が巡っていました。その後建て替えられて、礎石のみに変わりました。

増長天礎石群と水がなくならない鏡池

写真:村井 マヤ

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増長天礎石群のすぐそばには、「鏡池」とよばれる池があります。こちらは、大野城にとっては水を得るための大切な場所です。
大野城跡には、そのほかにも「けいさしの井戸」がありますが、鏡池はどんな日照りでも水がなくならないといわれる不思議な池です。標高が300mくらいある場所なのに何らかのしかけがあるのでしょうか・・。

大野城最大の守りである百間石垣は必ずチェック

大野城最大の守りである百間石垣は必ずチェック

写真:村井 マヤ

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増長天礎石群や鏡池を散策したら、一度駐車場に戻り、自動車で最後のポイントである「百間(ひゃっけん)石垣」を目指します。百間石垣のそばには駐車場がないので、車を停めて見学する場合は、気を付けてください。

写真は、百間石垣の一部です。

大野城最大の守りである百間石垣は必ずチェック

写真:村井 マヤ

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百間石垣は、大野城跡(四王寺山)の北に位置し、宇美町(うみまち)内にあります。

写真のように谷と尾根をまたぐように築かれ、場所によっては石材の向きを変えたり、石積みの工夫があり見応えある石垣ですよ。

大野城最大の守りである百間石垣は必ずチェック

写真:村井 マヤ

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また、石垣の下を流れる川から門の礎石が見つかっており、林道あたりに宇美口城門跡があったと考えられています。

大野城跡は、新しい発見があったり今後の研究がまだまだ楽しみな史跡です。現在は、四王寺山として人々を見守っています。そんな素敵な史跡をぜひ散策してみませんか?

特別史跡大野城跡の基本情報

住所:福岡県大野城市曙町3丁目8-3(大野城心のふるさと館)
電話番号:092-558-5000(大野城心のふるさと館)
アクセス:西鉄春日原駅より徒歩12分、JR博多駅から快速約13分、大野城駅東口よりコミュニティバスまどか号(大城ルート)乗車「まどかぴあ」で下車すぐ。九州自動車道太宰府IC大野城方面出口より約6分。駐車場は、隣接する「まどかぴあ駐車場」(無料)を利用の事。(大野城心のふるさと館)

住所:福岡県糟屋郡宇美町大字四王寺207(福岡県立四王寺県民の森センター)
電話番号:092-932-7373(福岡県立四王寺県民の森センター)
アクセス:国道3号から県道60号(飯塚大野城線)を経て現地へ。県道35号、太宰府から四王寺林道を経て現地へ。JR宇美駅よりひばりが丘・貴船コースで県民の森まで(土曜日・年末年始は運休)(福岡県立四王寺県民の森センター)
*県民の森センターにも駐車場、トイレがあります。

2021年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2021/04/27 訪問

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