長野県「荒砥城」は戦国時代の山城を体験できる復元された史跡

長野県「荒砥城」は戦国時代の山城を体験できる復元された史跡

更新日:2021/09/04 17:01

いなもと かおりのプロフィール写真 いなもと かおり 城マニア・観光ライター
長野県千曲市にある戸倉上山田温泉の背後にそびえる山には、日本でも珍しい戦国時代の山城を復元した千曲市城山史跡公園があります。荒砥城(あらとじょう)は武田信玄軍と上杉謙信軍が衝突した川中島の戦いでも渦中に巻き込まれ、両軍から奪い合われた魅惑の山城。抜群の眺望と、戦国時代の様子を伝える建物が見栄えする、中世の山城をご紹介します!

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奪い合われた魅惑の山城 荒砥城の歴史

奪い合われた魅惑の山城 荒砥城の歴史

写真:いなもと かおり

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千曲川の中流域に位置する千曲市は、美肌の湯として知られる戸倉上山田温泉や夜景鑑賞スポットの姨捨がある地域。江戸時代、宇和島藩の伊達宗利の娘・豊姫が松代藩の真田幸道に輿入れした際、あんずの種を持って行ったことがきっかけで「日本一のあんずの里」としても知られるようになりました。

NHK大河ドラマ「風林火山」や「江〜姫たちの戦国〜」の撮影地としても知られる荒砥城は、山城を復元した全国にも珍しいスポット。戦国時代の城の雰囲気を味わえる場所として、1995年に千曲市城山史跡公園がオープンしました。

奪い合われた魅惑の山城 荒砥城の歴史

写真:いなもと かおり

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荒砥城のはじまりは今から500年ほど昔に遡る、1524年頃。このあたり一帯を治めていた村上氏の一族、山田氏によって築城されたと伝えられます。戦の多かった戦国時代、荒砥城の周辺では村上義清と、信濃(現在の長野県)へ侵攻してきた甲斐(現在の山梨県)の武田信玄が衝突。上田原の戦い(1548 年)や戸石城の戦い(1550 年)では、村上方が勝ち続けてきましたが、1553年ついに村上氏の葛尾城が落城。参戦した山田氏も滅亡となりました。

山田氏亡き後、荒砥城には屋代氏が移ります。そんな中、第一次川中島の戦いが勃発。川中島の戦いは、武田軍と上杉軍が12年の長きにわたって5回も戦いました。この合戦の間、荒砥城は上杉氏に取られたり、武田氏が取り返したりと両者が奪い合う城となったのです。

北信濃での勢力争いに終止符が打たれた後、屋代秀正は海津城(松代城)の副将に任命されますが、上杉氏を裏切り荒砥城へ籠城。上杉軍に攻められ最後の落城をむかえました。その後、屋代氏は徳川家臣となりますが、上杉方の領地にあった荒砥城は役目を終え廃城となっています。

山城の雰囲気を味わえる門

山城の雰囲気を味わえる門

写真:いなもと かおり

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江戸時代に築かれた城とは異なり、戦国時代の山城は建物が残っていません。そのため、一見するとただの山に見えてしまうのですが、よく見ると土塁(土を盛った防御壁)や石積み、堀切(尾根を遮断する堀)といった痕跡が残っています。マニア達はそうした遺構を求め山城を散策していますが、山城ビギナーにとってはちょっと難しいですよね。そんなビギナーさんにピッタリなのが、建物が復元された山城。復元された戦国時代の山城は全国的にも数えるほどで、ここ荒砥城はその一つです。

荒砥城で推定復元された城門はこのような「櫓門」。門の上に兵士が立てるようになっていて、見張り役の城番が備えています。

山城の雰囲気を味わえる門

写真:いなもと かおり

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門を通過すると正面は石積みの壁。右に折れて進みますがとても狭い空間です。背丈ほどに高い石積みの上から槍でつつかれたら抵抗のしようもありません。ピンチ!

山城の雰囲気を味わえる門

写真:いなもと かおり

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こちらは「冠木門(かぶきもん)」。柱の上に貫(ぬき)を通し扉をつけただけの簡易的な門で、屋根がないのが特徴です。仕切りとして設けられることが多く、荒砥城でも本郭と二の郭の間に設けられています。

眺望ばつぐんの櫓

眺望ばつぐんの櫓

写真:いなもと かおり

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二の郭に建つ井楼櫓(せいろうやぐら)は、これぞ戦国の城という定番のアイテム。見晴らしもよく、材木をいげたに組み簡単に造ることができます。郭の真下の侵入者にだって監視はバッチリです!

眺望ばつぐんの櫓

写真:いなもと かおり

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荒砥城の本郭は標高590mの山の尾根に築かれ、千曲川からは比高220mの場所に位置します。井楼櫓からの眺望は抜群! 城下には千曲川や戸倉上山田温泉街も見られます。ちなみにこちらは松代方向を見た景色です。正面の山の左先端はかつて屋代氏がいた屋代城。そして左手の奥の平地は川中島の戦いがあった古戦場跡になります。

眺望ばつぐんの櫓

写真:いなもと かおり

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こちらは坂城・上田方面です。左手の山には村上氏の葛尾城。 写真中央奥には上田の市街地も見ることが出来ます。実は、この写真の中にだってたくさんの山城が隠れているんですよ! 眺望の良さからも、荒砥城が奪い合われた理由がわかりますね。

兵士たちの休憩所・兵舎

兵士たちの休憩所・兵舎

写真:いなもと かおり

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城にいる兵士達には詰める場所も必要です。戦国時代の山城では、彼らの居場所は礎石のある建物ではなく簡易的な掘立柱建物が通常でした。荒砥城では兵舎も推定復元されています。

兵士たちの休憩所・兵舎

写真:いなもと かおり

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兵舎の中は2つの部屋に分かれ、一つは荒砥城の歴史を紹介する映像ルームに。お子さんも楽しめるようアニメーションが流れています。もう一つは展示室。歴史を紹介したパネルや、荒砥城・近隣の遺跡で出土した遺物、五輪塔・宝篋印塔などが展示中です。荒砥城の歴史に触れられる立ち寄り必須のスポットとなります!

荒砥城の時代を感じる「渋さ」がいいの!

荒砥城の時代を感じる「渋さ」がいいの!

写真:いなもと かおり

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実は、荒砥城の復元箇所は広い城跡群のほんの一部。本来の荒砥城は本郭から五の郭まで郭が並ぶ山城で、さらには荒砥小城、若宮入山城 、證(正)城 が山の尾根続きに並んだ城の連合体だったのです。

戦国時代の山城を復元した荒砥城は、間違いなく映えるスポット! 白亜の天守や漆黒の天守もカッコイイけれど、山城の渋さもたまりません。今までに江戸時代の城を巡ったことがある人も、新しい境地に出会えるかもしれませんよ。ぜひ、長野県千曲市の荒砥城「千曲市城山史跡公園」を訪れてみて下さい。

荒砥城(千曲市城山史跡公園)の基本情報

住所:長野県千曲市大字上山田字城山3509番地1
電話番号:026-275-6653(城山史跡公園管理棟)
開園時間:9:00〜17:00(最終入城16:30)
休園日:年末年始(12/29〜1/3)
アクセス:しなの鉄道・戸倉駅よりタクシーで約10分

2021年9月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2021/06/11 訪問

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