岡山に熊野?倉敷市「熊野神社」は承久の乱ゆかりの社

岡山に熊野?倉敷市「熊野神社」は承久の乱ゆかりの社

更新日:2022/12/07 17:05

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
「熊野」といえば、和歌山県の熊野地方を思い浮かべる方が多いでしょう。熊野地方を代表する熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)は現在、世界遺産にも登録されていますが、全国各地にある「熊野神社」の一社が、ここ岡山県にも存在することはご存知でしょうか。しかも、こちらは承久の乱ゆかりの社でもあるのです。今回は倉敷市にある「熊野神社」をご紹介しましょう。

倉敷市にある熊野神社

倉敷市にある熊野神社

写真:乾口 達司

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「熊野神社(くまのじんじゃ)」は岡山県倉敷市の郷内地区に鎮座する社。祭神は伊邪那美神、伊邪奈岐神、速玉之男神など。ご覧のように、本殿が一列に並んでいます。この社殿の形式は和歌山県の熊野本宮大社の本殿と類似しており、熊野神社が熊野三山と深いかかわりを持っていることがうかがえます。

しかし、そもそも熊野神社がなぜ岡山県にあるのでしょうか。その由緒来歴には、修験道の開祖・役小角が関係しています。当時、朝廷より訴追を受けていた役小角は大和国を脱出し、熊野本宮に潜伏していました。その後、小角自身は伊豆大島に流されますが、小角の弟子たちが熊野・十二社権現の御神宝を奉じて西国を流浪。彼らは同地にたどり着き、鎮座祭典をしたと伝わります。

後年、聖武天皇は同地をふくむ児島地域一帯を熊野神社の社領として寄進。それにともない、この地に新たな熊野信仰の聖地が整備されたのです。そういう意味では、熊野神社は熊野三山に次ぐ熊野信仰の大切な拠点であったといえるでしょう。

熊野信仰を体現した社殿

熊野信仰を体現した社殿

写真:乾口 達司

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そういった古い由緒を持つ神社であるため、境内にはさまざまな文化財が点在しています。

たとえば、こちらは1492年(明応元年)に再建された本殿の第二殿。春日造の形式で、現在、国の重要文化財となっています。

熊野信仰を体現した社殿

写真:乾口 達司

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近年の修復工事により、第二殿は彩色なども新たに塗りなおされました。ご覧のように、向拝の上にしつらえられた建築部材の「蟇股(かえるまた)」も創建当初のあざやかさを取り戻しています。

熊野信仰を体現した社殿

写真:乾口 達司

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第二殿以外の第一殿・第三殿・第四殿・第五殿・第六殿は江戸時代前期の再建。いずれも岡山県指定重要文化財となっています。

珍しい「体のお守り」や備前焼の狛犬

珍しい「体のお守り」や備前焼の狛犬

写真:乾口 達司

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熊野神社では、体の部位に応じた「体のお守り」を授与していただけます。その種類はご覧のとおり、細かく分けられています。ここまで細かく分かれているのは熊野神社ならではであり、身体のどこかに不具合をお感じの方は、ぜひ、その部位に該当するお守りをお求めください。

珍しい「体のお守り」や備前焼の狛犬

写真:乾口 達司

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こちらは狛犬。岡山といえば、六古窯の一つである備前焼を思い起こす方もいらっしゃるでしょう。備前焼のふるさとだけあり、こちらの狛犬は備前焼で作られています。岡山ならではの狛犬といえますね。

神仏習合の名残である三重塔

神仏習合の名残である三重塔

写真:乾口 達司

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境内には、三重塔も屹立しています。三重塔の建立は1820年(文政3年)。本瓦葺で高さは21.5メートルあります。

しかし、神社の境内に仏教伝来の仏塔があることを不思議に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。実はこちらの三重塔は熊野神社に隣接する五流尊瀧院の建造物。五流尊瀧院は明治時代初頭の神仏分離令によって熊野神社から分かれた寺院であり、それ以前、熊野神社と五流尊瀧院とは神仏習合思想にもとづいた同じ宗教施設だったのです。つまり、三重塔は近代以前の神仏習合の名残なのです。

承久の乱ゆかりの古跡

承久の乱ゆかりの古跡

写真:乾口 達司

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写真は後鳥羽上皇御影塔と呼ぼれている石造宝塔で、国の重要文化財に指定されています。都から遠く離れたこの地に後鳥羽上皇ゆかりの石塔がある理由は、1221年(承久3年)に起こった承久の乱に由来します。

鎌倉幕府の打倒をくわだてた後鳥羽上皇は最終的に幕府方に敗北し、隠岐に流されます。それに連座し、上皇の皇子たちも各地に流されました。そのうちの一人、頼仁親王は現在の熊野神社のある備前国児島へと流されました。後鳥羽上皇御影塔は、同地で流人生活を送っていた頼仁親王が、上皇の一周忌供養のために建立したものとされています。

承久の乱ゆかりの古跡

写真:乾口 達司

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写真は後鳥羽上皇御影塔のすぐ近くにある「頼仁親王姿見の井戸」。一時は源実朝の後を受けて鎌倉幕府第4代将軍になるという話まであった親王ゆかりの井戸が、ここ、熊野神社の境内にあること、ご存知でしたか?

承久の乱ゆかりの古跡

写真:乾口 達司

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境内の西側には、桜井宮覚仁法親王の墓と伝わる宝塔も残されています。覚仁法親王もまた後鳥羽上皇の皇子。早くから仏門に入っていましたが、後年、同地に移り、頼仁親王とともに熊野由来の修験道の再興に尽くしたとされます。

岡山に承久の乱ゆかりの古跡があること、驚きますね。

熊野神社がいかにさまざまな歴史を有する神社であるか、おわかりいただけたでしょうか。熊野三山ゆかりの聖地であり、承久の乱ゆかりの人物の古跡も残されている熊野神社。岡山の知られざる歴史を学ぶのに格好の社です。ぜひ、参拝してみてください。

熊野神社の基本情報

住所:岡山県倉敷市林684
電話番号:086-485-0065
アクセス:下電バス「熊野神社入口(林)停留所」より徒歩約7分

2022年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2022/01/03 訪問

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