人頭蛇身の秘仏『宇賀神像』!行基さんと奈良『喜光寺』の不思議な魅力

| 奈良県

| 旅の専門家がお届けするオリジナル旅行ガイドメディア

人頭蛇身の秘仏『宇賀神像』!行基さんと奈良『喜光寺』の不思議な魅力

人頭蛇身の秘仏『宇賀神像』!行基さんと奈良『喜光寺』の不思議な魅力

更新日:2014/07/04 13:23

いずみ ゆかのプロフィール写真 いずみ ゆか ライター

皆様は、東大寺大仏殿のモデルになったお寺がある事をご存じでしょうか?そこには人頭蛇身の姿をした秘仏『宇賀神像』が祀られています!奈良市菅原町にある蓮で有名な『喜光寺』は約1300年前、行基さん(行基菩薩様)によって創建された古刹。古代から「菅原の里」と呼ばれ、菅原道真公を輩出した菅原氏の拠点だった歴史深い地にあります。
今回は古代史や秘仏・文化財を通して感じる喜光寺の不思議な魅力をご紹介します!

「試みの大仏殿」は必見!

「試みの大仏殿」は必見!

提供元:提供「喜光寺」

地図を見る

近鉄「大和西大寺駅」南口から徒歩約20分(近鉄尼ヶ辻駅から徒歩約10分)、唐招提寺・薬師寺に続く歴史の道の途中にある『喜光寺』。あまり聞きなれないお寺ではありますが、奈良では蓮が美しい事で有名な古刹です。
訪れると真新しい南大門を見て、まだ新しいお寺なのかと勘違いされる方も多いのですが、実は歴史的な背景がもの凄く深く、目には見えない古代の魅力に溢れています。
まず、南大門から正面に位置するご本堂を見て、「あれ、どこかで見た事あるような・・?」と不思議な気分に。
それもそのはず!あの大仏様がおられる『東大寺大仏殿』によく似ているのです。
東大寺の大仏建立の勧進をされたことで有名な名僧・行基さん(※地元奈良では親しみを込めてこの様に呼びます)が東大寺大仏殿の造営の際、喜光寺のご本堂を参考にしたという伝承があり、「試みの大仏殿」とも呼ばれています。
南大門からご本堂を眺めると、目の前がパッと開けた様な解放感が!何だか東大寺大仏殿前の解放感と似ていますよ!

※現在のご本堂は室町時代に再建されたもの。発掘調査によって、創建時の金堂とほぼ同じ場所に建っている事が判明。

行基さんと「菅原の里」&「土師氏」

行基さんと「菅原の里」&「土師氏」

提供元:提供「喜光寺」

地図を見る

喜光寺の旧名は「菅原寺」(※1)。近くに菅家一系三神(※2)を御祭神とする「菅原天満宮」があります。
喜光寺や菅原天満宮がある「菅原の里(現・菅原町一帯)」は垂仁天皇の命により、当麻蹴速(たいまのけはや)と相撲で力比べをするため出雲国よりやって来た、相撲の祖「野見宿禰(のみのすくね)」縁の地。
野見宿禰は垂仁天皇に仕え、天皇の皇后・日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)が崩御された際に当時の悪習である殉死に替わり、土師職人達と共に菅原の土で『埴輪』を作って献上したと言われています。
その功績から土師臣の姓を賜り、土師氏は菅原の里を本拠地としました。土師氏は代々王家の葬儀を司り、古墳造営に尽力した技術者集団。後世、土師古人が改姓し、地名が由来で「菅原氏」を名乗ったそうです。

天平時代、仏教は国家のためのもの。しかし行基さんは、困窮する民衆の中へ自ら入っていき、説法や役民を救うための布施屋・橋・堤防を造るなど、土木技術の才も発揮しました。そのため、国家から民衆を惑わすと弾圧を受けたのです。

行基さんは和泉国生まれのため、土木技術には和泉国の土師氏が協力していたと言われています。その関係からか、一説では弾圧で苦しむ行基さんを菅原の土師氏が援助していたとも考えられています。行基さんは菅原の土師氏で寺史乙丸(てらのふひとおとまる)から寄進された住宅を基に菅原寺(=喜光寺)を建立し、布教活動の拠点としました。

喜光寺は行基さんと土師氏が固く結ばれた象徴の場所でもあるのです!
そんな歴史を感じながら、境内「行基堂」の行基菩薩像を拝むと本当に味わい深いですよ。
実は、秘仏『宇賀神像』は土師氏やその祖・野見宿祢の出身地「出雲」に関係する秘密があるのです!

(※1)晩年、行基さんが喜光寺で病に臥した際、聖武天皇が見舞いに来られ、ご本尊が光り輝いたため『喜光寺』の名を授けられたと伝わる。
(※2)「天穂日命」「野見宿祢命」「菅原道真公」

土師氏や出雲と繋がりが?!弁天堂の神秘的なお姿をした秘仏『宇賀神像』

土師氏や出雲と繋がりが?!弁天堂の神秘的なお姿をした秘仏『宇賀神像』

提供元:提供「喜光寺」

地図を見る

境内の弁天堂には、例年7月に行われる暁天講座(ぎょうてんこうざ)の3日間だけ御開帳される秘仏『宇賀神像』が弁天様と共に祀られています。
■平成26年は特別御開帳を行っており、《6月25日〜8月25日》の期間、美しい蓮と一緒に拝観する事が出来ます。

秘仏『宇賀神像』のお姿はまさに人頭蛇身!御身はとぐろを巻いた蛇で鎌首を持ち上げ、お顔は長い髭をたくわえた老人。何とも神秘的です。(写真参照)

弁天堂の説明書きによると、『宇賀神』は『弁財天』と一緒にお祀りされている事が多く、同一体であると言われています。神仏習合以前はお稲荷さんで有名な『倉稲魂神(うかのみたまのかみ』と呼ばれ、神仏習合後は『弁財天』の水神信仰と龍と蛇が結び付いた龍蛇神が合わさり『宇賀神』が崇拝されたのだそう。

土師氏は龍蛇神を信仰していたらしく、土師氏の拠点・大阪府松原市の「土師弁財天」では氏神様の白姫龍神が祀られています。また土師氏の祖・野見宿禰の出身地「出雲」では旧暦10月に「神迎祭」が行われ、神々の先導役は龍蛇神です。

喜光寺の秘仏『宇賀神像』も白蛇のお姿。土師氏や出雲からの古代信仰が喜光寺に今も息づいている事を伝えているのかもしれません。人頭蛇身ではありますが、穏やかでお顔が微笑んでいるようにも見える不思議な魅力があります。とても近くで拝見出来るので、弁天様と共に、表情を現地でじっくりご覧になってみて下さい。

喜光寺再興とご本尊『阿弥陀如来像』

喜光寺再興とご本尊『阿弥陀如来像』

提供元:提供「喜光寺」

地図を見る

御本尊は平安時代に造像された一丈六尺(丈六)の『阿弥陀如来像』。下地は漆塗り・金箔で仕上げた木造の坐像で、重要文化財に指定されています。脇侍仏には南北朝時代の『勢至菩薩像』と『観音菩薩像』が祀られています。

明治の廃仏毀釈以降、近年まで喜光寺は廃寺も同然でした。現ご住職の山田法胤様はこの『阿弥陀如来像』をご覧になられて、西方浄土を再現しようとご自身の蓮の鉢を喜光寺に移し、蓮の寺として再興したのです。

実は、御本尊と脇侍仏は写真撮影が可能!この写真は喜光寺の許可を頂いてお借りしたものですが、仏様の写真を個人が撮影出来る珍しいお寺でもあるのです(注)。自らを被写体に・・・御本尊はまるで民衆と共にあった行基さんの心を体現されているようにも見えますね。

(注)仏様は信仰の対象ですので、マナーを守って撮影して下さい。

行基さんの心を伝える珍しい『いろは写経』

行基さんの心を伝える珍しい『いろは写経』

提供元:提供「喜光寺」

地図を見る

実は、入り口の真新しい南大門は「蓮の花」と同じく喜光寺再興のシンボルでもあります。本山である薬師寺の故・高田好胤管長様より再興を命じられた山田法胤様は、『いろは写経』を考えられました。そして南大門再建の大願を立てられたそう。『いろは写経』は『涅槃経』の一節がベースの『いろは歌』の写経。通常のお経と異なり、とても親しみやすいものです。『いろは写経』は人気を呼び、平成22年に南大門は見事完成!喜光寺は現在の姿になったのです。

『いろは写経』は平仮名が多いので、お子様でも出来る写経として現在も人気があります。喜光寺を訪れたら、是非、ここにしかない『いろは写経』を体験してみて下さい!行基さんも『いろは写経』も人気のポイントは『親しみやすさ』なのかもしれません。

■納経料は1巻2000円。(拝観料とお茶代込み)
お写経道場の席に限りがあるので、予約が望ましいとの事。詳しくはMEMO欄「喜光寺 公式ページ」でご確認下さい。

最後に

奈良の魅力は仏様など目に見えるもの以外に、「古い信仰や歴史」といった目には見えないものを感じられるところにあります。
喜光寺は行基さんの心を今に伝え、菅原の里の古い信仰を伝える、目には見えない不思議な魅力に溢れるお寺。
是非、奈良観光の際には菅原天満宮・唐招提寺・薬師寺と併せて訪れてみて下さい!

■平成26年6月20日〜8月25日の期間、蓮の花で有名な3つの古刹(喜光寺・唐招提寺・薬師寺)を繋ぐ『ロータスロード』のイベントが開催されています。
■喜光寺の「蓮の花」に関してはMEMO欄の「奈良ロータスロードの出発地!美し過ぎる蓮寺『喜光寺』」を併せてお楽しみ下さい。 
〈参考文献〉
著:喜光寺住職、現・薬師寺管長 山田法胤「喜光寺 行基終焉の古刹」柳原出版

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/06/25 訪問

- PR -

条件を指定して検索

トラベルjp<たびねす>

トップページへ戻る

トラベルjpで一緒に働きませんか? 旅行ガイド編集部では運用サポートスタッフを募集中です!

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ