墳丘にも登れる!全国第4位の規模を誇る岡山「造山古墳」

墳丘にも登れる!全国第4位の規模を誇る岡山「造山古墳」

更新日:2023/08/05 10:00

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
全長が数百メートルにもおよぶ巨大な前方後円墳といえば、大阪府の百舌鳥・古市古墳群などに展開する大型古墳を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、岡山県も負けてはいません。岡山市西部に位置する「造山古墳」は全国第4位の規模を誇り、古代の吉備勢力の力の大きさをしのぶことができます。しかも、造山古墳は墳丘にのぼることまでできる全国でもっとも大きな古墳なのです。今回は「造山古墳」をご紹介しましょう。

全国第4位の大きさ!岡山市の「造山古墳」

全国第4位の大きさ!岡山市の「造山古墳」

写真:乾口 達司

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「造山古墳(つくりやまこふん)」は、岡山県岡山市にある前方後円墳。墳丘の長さは350メートルにおよび、岡山県下最大。大阪府の大山古墳(大仙陵古墳)、誉田御廟山古墳、上石津ミサンザイ古墳に次いで、全国第4位の規模を誇ります。

築造年代は古墳時代中期の5世紀前半頃と推定されており、古墳の規模から推定して、被葬者は当地に勢力を有していた古代吉備王国の盟主であると考えられています。

駐車場の奥に横たわっているように見えるのが、造山古墳。あまりに大きく、その全体像を把握するには、上空から見下ろすしかありません。

全国第4位の大きさ!岡山市の「造山古墳」

写真:乾口 達司

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写真は前方部側に設置された石段。そうなんです、造山古墳は墳丘へ立ち入ることができるのです。

先にご紹介した大阪府の大山古墳以下の3基の巨大古墳は宮内庁が「天皇陵」として管理し、一般人の立ち入りを厳しく制限しているのに対して、造山古墳は宮内庁の管理下には置かれていません。したがって、造山古墳は、墳丘にのぼることのできる巨大古墳としては、全国最大の古墳でもあるのです。

造山古墳を訪れたら、ぜひ、墳丘上まで足をお運びください。

神社まである前方部の様子

神社まである前方部の様子

写真:乾口 達司

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前方部から石段を登っていくと、「荒神社(こうじんじゃ)」が現れます。現在、神社の施設が点在している付近が、前方部の中心部分であったと考えられています。

神社まである前方部の様子

写真:乾口 達司

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神社の一角には、大きな加工石が置かれています。これは被葬者を安置していた刳抜式の長持型石棺の棺身部分です。

写真の長持型石棺が造山古墳から出土したものであるかどうかは確定していませんが、熊本県宇土市周辺で産出する特定の石材を加工したものであることが判明しているため、当時の古代吉備王国と九州とが強い結びつきを有していたことはうかがえます。

神社まである前方部の様子

写真:乾口 達司

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写真は後円部から前方部を見下ろした一枚。どうですか、この長大さ。その規模に圧倒されること、間違いありません!

埋葬施設が残っている?未発掘の後円部

埋葬施設が残っている?未発掘の後円部

写真:乾口 達司

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後円部は被葬者が眠る埋葬施設としての役割をになっていますが、造山古墳では近年まで発掘調査がおこなわれておらず、埋葬施設の存在は明らかになっていませんでした。

ところが、2022年におこなわれた調査において、埋葬施設にともなうと見られる複数の板状の石板が発見されました。さらに、2023年には素粒子「ミューオン」を活用した地下レーダー探査により、後円部の地下に「空洞」のようなものが存在することも判明。そのため、これまで確認されていなかった埋葬施設が現存する可能性が高まっています。

埋葬施設は果たして現存するのか?被葬者や副葬品は残されているのか?興味は尽きないですね。

埋葬施設が残っている?未発掘の後円部

写真:乾口 達司

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後円部を見てまわると、各所に土の高まりを確認することができます。これは中世に築かれた土塁の痕跡。羽柴秀吉による中国攻めに際して、敵対する毛利勢が造山古墳の後円部に陣を構え、羽柴勢と対峙したことが知られているため、土塁はこのときに築かれたものであると考えられています。

埋葬施設が残っている?未発掘の後円部

写真:乾口 達司

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後円部の高さは30メートルほどあるため、眺望は抜群。吉備の平野部を一望することができます。

周濠の痕跡と陪塚

周濠の痕跡と陪塚

写真:乾口 達司

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大王クラスの古墳には、周囲に水をたたえた周濠がそなえられていますが、造山古墳にはこれまで周濠が存在しないと考えられてきました。ところが、近年の調査により、造山古墳にも幅20メートルほどの周濠がめぐらされていたことが判明しています。

写真は後円部東側の田畑を撮影したものですが、墳丘に沿うようにして畦道が歪曲しているのが、おわかりいただけるでしょう。これは周濠に築かれていた堤の痕跡と考えられています。

周濠の痕跡と陪塚

写真:乾口 達司

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造山古墳は「陪塚(ばいちょう)」と呼ばれる小さな古墳を6基従えています。陪塚は主墳の周辺に築かれた小型の古墳で、主墳に埋葬された被葬者の関係者や副葬品を埋葬した塚のこと。

写真は約20メートル四方から成る第2号墳です。ほかにも、古代の文様である「直弧文(ちょっこもん)」を刻んだ「石障(せきしょう/石室を構成する板状の石材)」を有する「千足古墳」なども存在します。

あわせて見てまわりましょう。

事前に知識を仕入れよう!造山古墳ビジターセンター

事前に知識を仕入れよう!造山古墳ビジターセンター

写真:乾口 達司

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造山古墳の東側には、造山古墳および吉備の古墳群について解説した「造山古墳ビジターセンター」も設置されています。造山古墳ビジターセンターで事前に造山古墳についての知識を仕入れてから訪れるのも一計ですよ。

<造山古墳ビジターセンターの基本情報>
住所:岡山県岡山市北区新庄下789
電話番号:086-803-1332(岡山市観光振興課)
営業時間:10:00〜15:00
定休日:月曜日および年末年始

事前に知識を仕入れよう!造山古墳ビジターセンター

写真:乾口 達司

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造山古墳の周辺では、歩道にご覧のようなペイントがほどこされています。造山古墳やその陪塚をめぐるには、有難い配慮ですね。

造山古墳がいかに魅力的な古墳であるか、おわかりいただけたでしょうか。全国第4位の規模を誇る造山古墳を実際に散策し、古代吉備王国の勢力の大きさを実感してください。

造山古墳の基本情報

住所:岡山県岡山市北区新庄下
アクセス:造山古墳ビジターセンターよりすぐ

2023年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2023/05/06 訪問

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