韓国・百済の世界遺産 王都はあったのか?益山の弥勒寺跡と王宮里遺跡

韓国・百済の世界遺産 王都はあったのか?益山の弥勒寺跡と王宮里遺跡

更新日:2023/08/14 16:47

東郷 カオルのプロフィール写真 東郷 カオル 癒されたい系女子旅ライター、ラグジュアリーホテルライター
世界遺産「百済歴史遺跡地区」は、韓国中西部の3つのエリアに点在する8資産で構成されています。観光する場合は3つのエリア、益山(イクサン)、扶余(プヨ)、公州(コンジュ)のエリアそれぞれにプランを立てるのがおすすめ。今回ご紹介するのは、百済最大の寺院であった弥勒寺址(跡)と王宮里遺跡がある益山。百済中興を夢見た第30代王の武王の夢の跡を感じられる歴史ロマン溢れるエリアです。

「百済歴史遺跡地区」益山エリア

「百済歴史遺跡地区」益山エリア

写真:東郷 カオル

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百済は古代の朝鮮半島の南西部にあった国で、高句麗・新羅とともに三国時代に覇権を争った国家の一つ。百済は日本と深い交流があり、様々な文化が百済を通して日本に持ち込まれたため、親しみを覚える人も多いのではないでしょうか。近頃では韓国ドラマの影響もあってか、地理や歴史に詳しい人も増えているようです。

益山の遺跡は3つ(益山・扶余・公州)の中では一番ソウルから離れているエリア。ですが、ソウルからKTX(韓国の新幹線)に乗り益山駅までアクセスし、そこからは市内バスで遺跡巡りを楽しむことができます。

益山エリアで見逃せないのが百済最大の寺院であった弥勒寺址と王宮里遺跡、その近くにある国立益山博物館と百済王宮博物館(旧:王宮里遺跡展示館)です。

歴史の流れに佇む弥勒寺址石塔

歴史の流れに佇む弥勒寺址石塔

写真:東郷 カオル

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まず、簡単に百済の遷都の歴史を確認しておきましょう。百済は三国時代の覇権争いの中、漢城(ソウル)から熊津(公州)、泗沘(扶余)へと都を移し、660年に滅亡しました。泗沘(扶余)が百済最後の都として知られています。

都には数えられていませんが、近年の調査で益山には山城、王宮、外郭城、王陵、仏教寺院、川など、古代の都としての条件が全て揃っており、次の王都(複都・別都とも)として建設されていた場所だということが判明しました。

歴史の流れに佇む弥勒寺址石塔

写真:東郷 カオル

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弥勒寺は、7世紀前半の武王(ムワン)の時代に建てられた寺院です。中門、塔、金堂、講堂を一直線上に置いた百済式伽藍配置は、日本に伝わり四天王寺式伽藍配置と呼ばれるようになりましたが、百済最大の寺院であったここ弥勒寺址では三塔三金堂様式が見られます。

写真手前に写る西塔は、日本統治時代にセメントで崩落を防ぐ処理をしていたものが取り除き、20年の歳月をかけて修復。解体過程で金製舎利壺、金製舎利奉迎記、金・銀の装飾品、ビー玉、ガラス板など1万点余りの舎利壮厳具が発見されました。

<弥勒寺址の基本情報>
住所:97 Giyang-ri, Geumma-myeon, Iksan-si, Jeollabuk-do
電話番号:+82-63-859-3873

国立益山博物館で弥勒寺址の出土品を見学

国立益山博物館で弥勒寺址の出土品を見学

写真:東郷 カオル

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国立益山博物館は弥勒寺址のすぐそばにあるので、より深く弥勒寺址を理解するためにぜひ立ち寄ってみてください。かつての姿をイメージできる模型など、充実した展示内容を楽しめます。

日本語のリーフレットも置かれていますし、韓国語がわからなくてもスマホの翻訳アプリを使うことで掲示されている解説を読むことができます。

国立益山博物館で弥勒寺址の出土品を見学

写真:東郷 カオル

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こちらは2009年1月に弥勒寺址石塔から発見された舎利壮厳具の一つ、金製舎利内壺と金銅製舎利外壺。他にも金製舍利奉迎記や屋根を飾る鴟尾(しび)、金銅香炉など、歴史的にも美術的にも価値のある優美な百済美術の品々が見られます。

<国立益山博物館の基本情報>
住所:362 Mireuksaji-ro, Geumma-myeon, Iksan-si, Jeollabuk-do
電話番号:+82-63-830-0900

王宮里遺跡と百済王宮博物館

王宮里遺跡と百済王宮博物館

写真:東郷 カオル

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弥勒寺址から5Kmほど離れた場所にある王宮里遺跡は、武王時代の王宮遺跡と後代の寺院遺跡の複合遺跡であることが調査によって判明しました。百済末期に宮殿として造成され、百済末期以降に建物を取り壊して寺院が造成されたようです。

王宮里遺跡からは建物跡や庭園の遺構が見つかり、約1万点の遺物が出土。また五層石塔からは、解体・補修の過程でガラス製舎利瓶や金製舎利箱などの舎利荘厳具が発見されました。

<王宮里遺跡の基本情報>
住所:80-1 Wanggung-ri, Wanggung-myeon, Iksan-si, Jeollabuk-do

王宮里遺跡と百済王宮博物館

写真:東郷 カオル

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百済王宮博物館では武王に関する展示や映像などを見られます。かつての王宮の様子を立体的に把握できる展示も。

また、「首府」と印された瓦が出土し、益山が都として整備された場所であるということを証明しました。

<百済王宮博物館の基本情報>
住所:666 Gungseong-ro, Wanggung-myeon, Iksan-si, Jeollabuk-do
電話番号:+82-63-859-4631

王宮里遺跡と百済王宮博物館

写真:東郷 カオル

王宮里遺跡の五層石塔から発見された金製舎利箱の中には、ガラス製の舎利瓶が入っていました。このガラス製の舎利瓶は、これまでに見つかった古代ガラス製の舎利瓶の中の最高傑作と称される美しいものです。百済後期の遺物であるという説と、統一新羅時代の遺物であるという説があり、現時点でははっきりとはわかっていません。

この舎利箱と舎利瓶は、こちらの百済王宮博物館ではなく弥勒寺址横の国立益山博物館のほうに展示されています。先に弥勒寺址のほうを訪れる方は、国立益山博物館で見落とさないように注意しましょう。

謎が解明される歴史ロマンの地、益山

『薯童謠(ソドンヨ)』で武王と王妃(新羅の王女)の逸話が語り継がれてきた益山は、単なる“伝説の地”ではなく実は王都として整備された場所だったということが近年の調査でわかってきました。

距離でいうと、益山は3つのエリアの中では一番ソウルから遠いのですが、歴史散策できるエリアがKTX益山駅から近いので、KTXと市バスで日帰り観光することもできますよ。

2023年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2023/07/26 訪問

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