眼鏡型の注連縄が独特!大阪市「田島」は眼鏡レンズ発祥の地

眼鏡型の注連縄が独特!大阪市「田島」は眼鏡レンズ発祥の地

更新日:2023/12/12 11:39

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
もしかしたら、いま、眼鏡をかけて、この記事を読まれている方もいらっしゃるのではないでしょうか。私たちが日常的に使っている眼鏡。そんな眼鏡がいつ頃、どこから全国へと普及したか、ご存知ですか?実は眼鏡レンズの本格的な製造は現在の大阪市からはじまっているのです。今回は眼鏡レンズ発祥の地である大阪市生野区の田島地区とその周辺のレンズ眼鏡ゆかりの地をめぐってみましょう。

田島地区の鎮守・田島神社

田島地区の鎮守・田島神社

写真:乾口 達司

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「田島」は大阪市生野区の南方に位置する地区。戦後、宅地開発がなされるまでは周囲一帯に田畑が広がっており、そのなかに位置する村落を島に見立てたところから名付けられた地名であるといわれています。

その田島地区の鎮守こそ「田島神社(たしまじんじゃ)」です。田島神社の由緒来歴には不明な部分も多いのですが、遅くとも、江戸時代前期には当地に存在していたと考えられています。もとは天神社あるいは天満宮と呼ばれていましたが、1909年(明治42)、現在の社号にあらためられました。

田島地区の鎮守・田島神社

写真:乾口 達司

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境内の一角には、田島地区の地車(だんじり)を格納した倉庫もあります。ここからも田島神社がいまなお地域の中心となっていることがおわかりいただけるでしょう。

ここから全国へ!「眼鏡レンズ発祥之地」の碑

ここから全国へ!「眼鏡レンズ発祥之地」の碑

写真:乾口 達司

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田島神社でぜひご覧いただきたいのが、参道脇に立つこちらの石碑。石田太次郎という人物の報徳碑で、その脇には「眼鏡レンズ発祥之地」と刻まれた石碑も添えられています。これこそ田島が眼鏡レンズ発祥の地であることの証です。

「眼鏡レンズ発祥之地」によると、田島の地で眼鏡レンズの製造がはじまったのは、江戸時代末期の1857年(安政4)。同地出身の石田太次郎が丹波におもむいた折にレンズ研磨の技術を習得し、帰郷後、それを農家の副業とするべく普及活動を行ったことにちなみます。大正時代には眼鏡の一大生産地となり、戦後は医療用具レンズの製造も手掛け海外へも商品を輸出するなど、国内における生産拠点として重要な地位を占めていました。

私たちが日常的に使っている眼鏡が、ここ、田島を発祥の地としていることに驚く方も多いのではないでしょうか。

ここから全国へ!「眼鏡レンズ発祥之地」の碑

写真:乾口 達司

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報徳碑の正面には小さな鳥居も据えられており、いまでも石田太次郎が田島に暮らす人たちから敬われていることがうかがえます。

その鳥居に結び付けられた注連縄が眼鏡の形をしているのは、何ともユニークです。さすがは眼鏡レンズ発祥の地ですね。

ここから全国へ!「眼鏡レンズ発祥之地」の碑

写真:乾口 達司

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奉納されている絵馬の図柄も、ご覧のとおり。眼を患っている方や視力に不調を感じている方は絵馬にお願い事を綴り、奉納してみてはいかがでしょうか。

ちなみに、毎年11月3日には、太次郎の功績をたたえる目的で「めがね祭り」がもよおされます。

<田島神社の基本情報>
住所:大阪府大阪市生野区田島3-5-34
アクセス:大阪シティバス「田島3丁目」より徒歩約3分

付近にある眼鏡屋さんや「めがね温泉」

付近にある眼鏡屋さんや「めがね温泉」

写真:乾口 達司

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田島の眼鏡産業は、その後、衰えますが、それでもなお眼鏡産業で栄えていた当時の面影が各所に残ります。

たとえば、こちらは田島神社の参道脇にある眼鏡屋の「向井明光堂」。付近をめぐると、こういった眼鏡屋さんがいまでも何軒か見られますよ。

<向井明光堂の基本情報>
住所:大阪府大阪市生野区田島3-5
アクセス:大阪シティバス「田島3丁目」より徒歩約3分

付近にある眼鏡屋さんや「めがね温泉」

写真:乾口 達司

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こちらは「めがね温泉」の名を持つ銭湯。当地の眼鏡産業の由来を知らない人は、なぜ、銭湯の名前に「めがね」の名がつけられているのか、不思議で仕方ないのではないでしょうか。

ちなみに、めがね温泉の前を東西に走っている道路の名称は「眼鏡橋通り」。そう、ここでもやっぱり眼鏡なのです。

<めがね温泉の基本情報>
住所:大阪府大阪市生野区田島4-2-20
アクセス:大阪シティバス「田島3丁目」より徒歩約3分

眼鏡の意匠が珍しい眼鏡橋

眼鏡の意匠が珍しい眼鏡橋

写真:乾口 達司

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めがね温泉から西へ向かうと、平野川に架かる橋に突き当ります。ご覧のように、橋の高欄には、丸い眼鏡を幾つも連ねたようなデザインが見られます。

この橋の名前は「眼鏡橋」です。さすがは眼鏡レンズの製造で繁栄した街の橋ですね。

<眼鏡橋の基本情報>
住所:大阪府大阪市生野区舎利寺3丁目
アクセス:大阪シティバス「田島3丁目」より徒歩約3分

眼鏡の意匠が珍しい眼鏡橋

写真:乾口 達司

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眼鏡レンズ発祥の地・田島をめぐろう!

大阪市生野区の田島地区がいかに眼鏡と縁の深いところであるか、おわかりいただけたでしょうか。

今回ご紹介したように、田島におけるかつての花形産業であった眼鏡製造の痕跡はいまなおあちらこちらで見掛けられます。田島をめぐり、私たちにとって身近な眼鏡に思いを馳せる機会としてください。

2023年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2023/09/28 訪問

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