松江藩主菩提寺は美しい廟門が見事!大亀伝説残る「月照寺」へ

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松江藩主菩提寺は美しい廟門が見事!大亀伝説残る「月照寺」へ

松江藩主菩提寺は美しい廟門が見事!大亀伝説残る「月照寺」へ

更新日:2017/02/17 09:56

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

島根県松江市に来られたら、松江城、堀川めぐり、塩見縄手の武家屋敷通りを散策されるでしょう。でも、少しだけ足を延ばして、今回ご紹介する「月照寺」へお出かけ下さい。便利な観光バス「ぐるっと松江レイクライン」(詳細は下記MEMO)を利用すれば松江城から約10分です。松江藩主松平家の菩提寺月照寺の美しい佇まいや、見事な廟門は必見ですよ。また伝説の大亀の頭をなでると良いことがあるかも・・知れませんよ!

藩主松平家初代・直政の生母月照院への思い

藩主松平家初代・直政の生母月照院への思い

写真:村井 マヤ

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レイクラインの15番停留所「月照寺前」で下車すると、静かな寺の門が見えます。周囲に中学校があり閑静な住宅街でもあります。

この月照寺は、松平家が、堀尾氏、京極氏に続いて3番目の城主として松江城下に入ったときには、洞雲寺(とううんじ)という禅寺で、永いこと荒廃していました。この寺は、松平直政(まつだいら なおまさ:1601-1666)が母・月照院の霊碑を安置するため1664年に、浄土宗の長誉を開基として「蒙光山(むこうさん)月照寺」として再興したのが始まりです。

直政は江戸で死去しますが、その遺命により2代綱隆(つなたか)公が境内に廟を築きました。以来、9代の藩主の菩提寺として栄えました。その保存状態の良さから、1996年に国の史跡に指定されています。

月照寺まで来られる際に、レイクライン一日乗車券を利用されると入場料が1割引きになります。(アクセスなど月照寺の情報は下記MEMO「月照寺」、レイクラインについては「松江市交通局」参照)

真田幸村が武勇を讃え軍扇を投じた松平直政公!墓所へ

真田幸村が武勇を讃え軍扇を投じた松平直政公!墓所へ

写真:村井 マヤ

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初代・直政公は、徳川家康の次男・結城秀康の三男として生まれます。母親は三谷氏で身分が低かったため貧しく、1614年大坂の陣での初陣の際には家臣が大金を借金してくれて、出陣したという逸話も残っています。その初陣に際して母親に「生母が身分が低いことで後ろ指を指されぬように」と言われて、その言葉を守るかのような働きを見せたそうです。大阪城の真田丸攻めで奮戦して、家康から打飼袋(食べ物やお金を入れる袋)をもらったとのことです。ちなみにこの打飼袋は、月照寺にあるそうですよ。また、真田幸村もその武勇を讃えたと言われています。

月照寺の唐門を背にして進み最初の角を左に行くと、境内で一番広い直政公のお墓があります。直政公(高真院)の廟門は、桃山文化の影響を受けた傑作と言われています。是非見て下さい。

廟門をくぐり池に架かった石橋を渡ると石畳の小路があり、石の鳥居の向こうにお墓が見えてきますよ。お墓の背後は森のようになっています。他のお墓より広くて明るい感じです。立派な廟所で驚きですよ。

国指定史跡の月照寺は、藩主ゆかりの品々が残る由緒ある寺

国指定史跡の月照寺は、藩主ゆかりの品々が残る由緒ある寺

写真:村井 マヤ

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この月照寺には、ほかにも面白いものが残っています。例えば、月照寺の参道に入ってすぐ右手に案内板があり、その少し先に江戸時代の名力士雷電の碑があります。また参道の入り口付近左手には茶の名人だった7代不昧(ふまい)公使用の名水があり、今でも茶の湯に使用されています。また不昧公ゆかりの茶室大円庵や宝物館には、藩主ゆかりの品々が残されていますので、併せてご覧になって下さいね。

いわゆる、不昧公好みの名品に出会えますよ・・♪

最も有名な藩主、松平不昧(ふまい)公の廟門は芸術的!

最も有名な藩主、松平不昧(ふまい)公の廟門は芸術的!

写真:村井 マヤ

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松江といえば、お茶と和菓子のイメージがありますが、この松江独特の風雅な茶の湯を作り上げ、美術など芸術への造詣も深かったのが、7代の治郷(はるさと)こと不昧(ふまい)公です。不昧公が藩主になったころの、松江藩は財政が苦しく、家老とともに大胆な藩政改革を行って成功したのですが、その後は放蕩三昧だったというお話があります。そのため政治家としての不昧公の評価は低いのですが、裕福になって幕府から警戒されるのを恐れてのこと、とも言われています。

そんな不昧公お抱えの名工に小林如泥(こばやし じょてい)がいます。彫り、曲げ、組みものを得意とした指物(さしもの)名人として名を馳せた如泥。不昧公の廟門の葡萄の彫り物は、如泥作と言われていますが、真偽のほどは今もって不明です。ただ、廟門の葡萄の彫り物の素晴らしさは圧巻の一言。ぜひじっくり見てください!

夜になると「母岩恋し・・」と歩き回る伝説の大亀!

夜になると「母岩恋し・・」と歩き回る伝説の大亀!

写真:村井 マヤ

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唐門の真正面に、不昧公の墓があります。不昧公の墓参をした後、今度は左に行きます。御霊屋(おたまや:藩主や奥方の位牌を収めた建物で年に1度公開)を右に見ながら歩くと、6代宗衍(むねのぶ)公の墓所があります。そこに大亀(寿蔵碑)があります。

この大亀は、亀を愛した宗衍公の長寿を願い不昧公が作ったということです。そのため、頭をなでると長生きできると言われています。

また、小泉八雲の怪談では、この大亀は、夜な夜な歩き回り城下で悪さをしていたと描かれています。困り果てた住職が説法すると、自分ではどうすることも出来ないと泣く大亀。そこで、亡くなった藩主の功績を刻んだ石碑を背負わせると静まったというものです。

この大亀、本当に大きくて、頭を撫でるのも一苦労ですよ。そして、なんだか本当に動きだしそうな迫力です。

水の都、お茶所としても有名な松江の美意識を垣間見る!

松江は、美しい松江城とその堀川の優雅な風情で、「水の都」の異名にに相応しい美しい町です。松江藩の歴代藩主家の中で、松平氏は幕末までこの地を治めました。その菩提寺月照寺の門構えからして格式があり、気品ある風情です。墓所は保存状態も良く、廟門の彫刻など見どころ満載です。江戸時代の名工の技や、美しい庭園など、見るだけで優雅な気持ちになれるそんな場所なのです・・。

また、四季折々の花が咲き誇り、あじさい寺としても有名です。かの小泉八雲もこの寺をこよなく愛し「これほどロマンティックな菩提寺は見たことがない」と言わしめたそうですよ。

そんなロマンティックな菩提寺を、ゆっくり歩きたくなりますよね・・。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/04/17 訪問

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