写真:Hiroko Oji
地図を見るアッシジの聖フランチェスコが1211年フィレンツェ訪問後、1226年〜1228年に数人の信奉者を連れてフィレンツェの町中を流れるアルノ川の中州に定住するようになり、この地に小さな祈祷所を設けたことからその歴史が始まりました。ところが、そこは低地という立地だったため後に洪水の被害に何度も遭遇。1294年になって建築家アルノルフォ・ディ・カンビオの設計で現在のゴシック様式の教会が建てられ、1314年には全面的な再建工事が開始。本堂は1385年にほぼ完成し、鐘楼と色大理石で装飾されたファサードは19世紀半ばに設置されました。
今日のファサードは1853年〜1863年にかけて建築家ニッコロ・マタスにより完成されたもので、シエナ大聖堂やオルヴィエート大聖堂からアイデアを得たといわれています。
写真:Hiroko Oji
地図を見る正面にある3か所の入り口はとても繊細で美しいレリーフ装飾と細やかな木彫りの扉が設置されています。
写真:Hiroko Oji
地図を見る教会前のフィレンツェ最古の広場であるサンタ・クローチェ広場では、年末になると町一番のクリスマスマーケットが開かれ、温かい飲み物や食べ物、クリスマスマスならではのお飾りや小物などのお土産物などが店頭に並ぶ屋台が軒を連ね、賑わいます。
写真:Hiroko Oji
地図を見るイタリア・ゴシック様式の教会内部はフランシスコ会の質素さを反映しており、八角形のコリント式柱頭装飾が施された柱列が並ぶ全長115mの三廊式の身廊と、73.54mの翼廊から成るT字型をしています。
フランスやドイツのゴシックとは違って突き抜けるような高さはなく、天井は石のヴォールトではなく木製のトラスに切り替えたことで重量が軽減し幅広の身廊が実現。身廊を仕切る尖頭アーチも高い位置にあるため広く見渡せ、清貧をモットーとするフランチェスコ会らしい建築です。
写真:Hiroko Oji
地図を見る背後に鮮やかなステンドグラス、中央に立派なパネル十字架が掲げられた主祭壇は、アーニョロ・ガッディの壁画で埋め尽くされ、高くのびる天井とステンドグラスが神々しい。
サンタ・クローチェ教会には、14世紀以降のオリジナルのステンドグラスが残されていて、この点でも数少ない教会のひとつです。
写真:Hiroko Oji
地図を見る主祭壇の聖母子が描かれた中央パネルはニッコロ・ジェリーニ、左右のパネルに描かれた教会博士たちはジョヴァンニ・デル・ビオンドと、これも無名の画家によるものですが、周りの壁は、アーニョロ・ガッディによる『聖十字架の発見』。この教会のサンタ(聖)クローチェ(十字架)という名前にも繋がっています。
写真:Hiroko Oji
地図を見る主祭壇の左右にはいくつものフィレンツェ名家の礼拝堂が並びます。
左隣にはスピネッリ家礼拝堂、続いてカッポーニ家礼拝堂、ルイージ・サバテッリと二人の息子たちによるフレスコ画『パドヴァの聖アントニオの生涯』で飾られたリカーゾリ家礼拝堂と並びます。プルチ家礼拝堂は、ベルナルド・ダッディによるフレスコ画『聖ラウレンティウスと聖ステーファノの殉教』で飾られ、祭壇にはジョヴァンニ・デッラ・ロッビアのテラコッタが収められ、バルディ家礼拝堂はマーゾ・ディ・バンコのフレスコ画『聖シルヴェストロの生涯』で飾られています。
写真:Hiroko Oji
地図を見る右隣に並ぶペルッツィ家礼拝堂とバルディ家礼拝堂の壁面を飾るのは、ジョット作のフレスコ画です。ペルッツィ家礼拝堂には『洗礼者聖ヨハネの生涯』『福音記者ヨハネの生涯』が、バルディ家礼拝堂には『聖フランチェスコの生涯』が描かれています。
写真のカステッラーニ礼拝堂には壁一面に14世紀のフレスコ画が描かれ、祭壇前部にはN.ピサーノ派の『埋葬の場所のマリア達』のレリーフがあり、天井装飾とともに見応えある礼拝堂となっています。
写真:Hiroko Oji
地図を見るメディチ家の礼拝堂ではテラコッタの『聖母子像』が、そばの礼拝堂にはブロンツィーノの『キリストのリムボへの降臨』をはじめ、フレスコ画に絵画、宝物など見逃せない作品が目白押しです。
写真:Hiroko Oji
地図を見る側廊の壁面にはずらりと素晴らしい絵画や彫像で飾られた、ミケランジェロ、ガリレオ、マキャヴェッリたちの偉大なイタリア人たちの壮大な墓が並びます。
「セビリアの理髪師」や「ウィリアム・テル」などのオペラ作曲家として有名なロッシーニのお墓には、大理石とは思えないほどしなやかなオペラ劇場を思わせるドレープカーテンが素敵で、ロッシーニの胸像の下にはト音記号が並ぶ模様が施され、金の装飾が豪華さをアップしている墓標が捧げられています。
写真:Hiroko Oji
地図を見る1642年フィレンツェのアルチェトリで78歳で亡くなったガリレオのお墓がこちら。
当時ガリレオは破門状態だったために墓を建てられず、鐘楼の下にひっそりと弔われたといいます。その後、家庭教師をしたり資金援助などしてもらうという縁のあったメディチ家最後の大公、ジャン・ガストーネが、ガリレオの偉業を讃える墓を聖堂内左身廊に造らせたのが1736年、現在も見られるのがこの霊廟です。
ガリレオの他にも、ミケランジェロ・ブオナッローティ、ウーゴ・フォスコロ、ジョアッキーノ・ロッシーニ、ニッコロ・マキアヴェッリ、ロレンツォ・ギベルティなどといった著名人たちも埋葬されています。
写真:Hiroko Oji
地図を見る右身廊には、イタリア・ルネサンス最高の彫刻家ドナテッロの宝物ともなる黄金の砂岩の珍しいレリーフ『受胎告知』があります。金色の石に浮き彫りで彫られたドナテッロの作品で、古典的な図像が豊富に含まれている点でも必見といえます。
この他にもステファノ・リッチによる『ダンテの記念碑』なども見逃せません。神曲の著者で、フィレンツェの政治家ながらフィレンツェ追放のまま1321年没。そのため墓はラヴェンナにあります。フィレンツェにあるこの作品は霊廟としての記念碑となります。
写真:Hiroko Oji
地図を見る中庭の主回廊には、メディチ家とライバル関係にあった銀行家パッツィ家の礼拝堂があります。これは1442年〜1446年にかけて、参事会会議場として建てられ、1470年代に完成したものです。
この回廊に付随した旧食堂だったところが現在は付属美術館となっていて、壁面を飾るガッディのフレスコ画『生命の木』やヴァザーリの『最後の晩餐』、オルカーニャの『死の勝利』、ドナテッロの『聖ルドヴィコ』などすばらしい作品が見られます。
写真:Hiroko Oji
地図を見る回廊自体も、コリント式の柱頭装飾が美しい列柱に繊細な天井装飾が美しく、ついつい頭上を見上げながらの移動タイムです。
写真:Hiroko Oji
地図を見る礼拝堂内部はフィリッポ・ブルネッレスキの設計。クーポラのすぐ下の4つの円の中もブルネッレスキの手によります。4人の福音記者が表されており、釉薬を使った彩色テラコッタのメダイヨンで、ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアらが多くの色を使って制作するよりもかなり前に多色使いをしたという珍しい作品で一見の価値があります。
サンタ・クローチェ教会は、旧市街の中心地となる華やかなドゥオーモ広場やシニョーリ広場から東に徒歩5分ほどの、比較的落ち着いた雰囲気のロケーション。フィレンツェ最古の広場に面しており、年末には盛大にクリスマスマーケットも開かれるところでもありますので、ぜひ足を延ばしてご訪問ください。
住所:Piazza di Santa Croce,16,50122 Firenze FI
電話番号:+39-055-200-8789
開場時間:
(月〜土)9:30〜17:30
(日)12:30〜17:45
2025年11月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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