写真:乾口 達司
地図を見る明通寺は福井県小浜市にある寺院。自伝によると、創建は806年(大同1)。霊夢を得た征夷大将軍・坂上田村麻呂が堂塔を建て、薬師如来・降三世明王・深沙大将の三体の仏を安置したことにはじまります。
小浜の市街地から離れた松永川沿いの谷あいの地に位置しており、広大な境内はうっそうと生い茂る森にかこまれています。
写真:乾口 達司
地図を見る受付を済ませて長い参道を奥へ進むと、今回、ご紹介する国宝の本堂と三重塔が見えてきます。石段を登り切ると、目に飛び込んで来るその堂々たる姿に圧倒される方も多いのではないでしょうか。
写真:乾口 達司
地図を見る本尊の薬師如来坐像を中心とした仏像群が安置された本堂は、明通寺における中心的な施設。鎌倉時代中期に当たる1258年(正嘉2)に再建されたものです。石積みの基壇のうえに建つ入母屋造・檜皮葺の仏堂であり、正面には向拝(正面の階段上にある屋根の張り出し部分)がとりつけられています。平面に相当する「桁行(けたゆき)」は5間、奥行きに相当する「梁間(はりま)」は6間(「間」は柱と柱との間の数を示す)と規模が大きく、正面から見上げると、その大きさに圧倒されます。
写真:乾口 達司
地図を見る母屋の正面には「蔀戸(しとみど)」がとりつけられています。蔀戸とは、水平に跳ね上げて開く格子状の木戸のこと。跳ね上げられた木戸は吊り金物によって固定されます。蔀戸は平安時代に出現する建具の一種で、寝殿造の建物でしばしば見られます。
写真:乾口 達司
地図を見る軒下には「蟇股(かえるまた)」と呼ばれる建築部材も複数見られます。蟇股とは、その名のとおり、蛙が両足を大きく広げたような形をしていることから名づけられたもので、そのあいだには植物をデザインした「宝相華文(ほうそうげもん)」の彫刻がしつらえられています。
写真:乾口 達司
地図を見る軒下も見上げてみましょう。建築部材が複雑に組み合わせられていることがわかります。部材を上下に何重にも組み合わせることにより、軒下は前面へと押し出されて、屋根を大きく広げることができます。
写真:乾口 達司
地図を見る堂内は、本尊などをまつる内陣(奥側)と、参拝者が礼拝するスペースである外陣(前側)とが格子戸によって明確に区切られています。
写真は側面の軒下を外部から撮影したものですが、軒まわりが一段高くなっているのが、おわかりになりますか。こちらから奥側が内陣の区画に当たります。細部にもぜひ目を向けてください。
写真:乾口 達司
地図を見る一方、三重塔は本堂の奥のさらに小高い位置に配置されています。1270年(文永7)に再建された三間三層・檜皮葺の建造物で、総高は22メートル余りあります。
写真:乾口 達司
地図を見る三重の屋根は勾配が小さいわりに大きく広がっているため、見るものに安定感のある、堂々とした印象を与えます。
写真:乾口 達司
地図を見るそのような大きく広がる屋根を支えているのが、軒下の三段に組まれた建築部材。全体的には鎌倉時代以前の日本の伝統的な建築様式(和様)にもとづいた造りですが、組物から突き出した「拳鼻(こぶしばな/木鼻の一種で、手の拳を横から見た時に似ていることから名づけられた建築部材)」が鎌倉時代に入って中国から伝わった「大仏様(だいぶつよう)」と呼ばれる新しい様式となっているように、当時の最先端の技法も巧みに取り入れられています。
写真:乾口 達司
地図を見る本堂・三重塔以外にも、境内にはぜひご覧いただきたい建造物があります。
たとえば、こちらは鐘を吊り下げた鐘楼。四本の支柱に比べて大きく張り出した屋根に特徴があり、ここでもやはり何層にも重ねられた木組が大きな屋根をしっかりと支えていることがわかります。
写真:乾口 達司
地図を見るこちらは客殿。内部にわたされた虹梁が外壁から大きく突き出し、長い木鼻となっています。そこにさらに鐘も吊り下げられています。
写真:乾口 達司
地図を見る建築の細部をしっかり見るには、明るい光が求められます。明通寺で本堂や三重塔の構造を確かめる際は、お天気のよい日に訪れましょう。
福井県唯一の国宝建造物である明通寺・本堂および三重塔がいかに魅力的な建造物であるか、おわかりいただけたでしょうか。明通寺にて、中世の仏教建築の特徴をぜひご自身の目でお確かめください。
住所:福井県小浜市門前5-21
電話番号:0770-57-1355
拝観時間:午前9時〜午後5時(年中無休)
拝観料:500円
アクセス:JR小浜駅よりタクシーで約15分
2026年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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