薩摩の小京都・知覧武家屋敷で、薩摩隼人の心意気を見る!

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薩摩の小京都・知覧武家屋敷で、薩摩隼人の心意気を見る!

薩摩の小京都・知覧武家屋敷で、薩摩隼人の心意気を見る!

更新日:2014/08/14 17:01

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

鹿児島県知覧町は、日本有数の緑茶生産地!戦前から、昭和40年頃までは紅茶の生産地でもありました。知覧は、特攻隊の基地で知られますが、美しい垣根を有する武家屋敷群も有名です。鹿児島指宿方面に来られたら、今回ご紹介する知覧の武家屋敷に是非寄り道していただきたいです。何より、整然とした美しい武家屋敷の町並みに、薩摩武士団の中でも勇敢だったといわれる知覧の武士たちの心意気と強さを感じられますよ。

知覧の武家屋敷はとにかく美しい!国の名勝7つの庭園

知覧の武家屋敷はとにかく美しい!国の名勝7つの庭園

写真:村井 マヤ

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江戸時代、薩摩藩は領地を外城と呼ばれる113の地区に分けて、地頭や領主の屋敷である御仮屋を中心に「麓」と呼ばれる武家集落を作っていました。

江戸時代の知覧は当初、島津家の分家である佐多氏が地頭として治めていました。佐多氏からは有能な当主が出て、その功績によって16代久達の時代に知覧の私領地化と島津姓の使用が許されたと言います。

現在残る武家屋敷群は、16代久達(1651-1719)か18代久峯(1732-1772)の時代に形成されたものではないかと言われています。

「知覧麓の武家屋敷群は(一部省略)折れ曲がった本馬場通りに沿って連なる石垣と生垣からなる景観に優れ、我が国にとってその価値は高い。」とされ昭和56年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

また7つの庭園については、「優れた意匠で構成されており、またその手法は琉球庭園と相通じるものがあり、庭園文化の伝播を知る上でも貴重な存在である。」として国の名勝にも指定されています。

写真は、知覧庭園の観光マップの2番目「平山克己庭園」です。母ヶ岳の優雅な姿を取り込んだ借景園です。白い砂の部分が大海原を表していて、手前の三角の岩が島なんだそうです。
大海原には無人島が浮かんで遠くには緑の大陸が望まれるという物語性のあるお庭!

どこを切り取っても一つの庭園をつくり、調和と表現にすぐれた庭園と絶賛されているそうです。

ちなみに1番目の庭園「西郷恵一郎庭園」は、鶴亀の庭園ともいわれ、高い石組みは鶴、亀は大海に注ぐ谷川の水辺に遊ぶように配され、石とさつきの組合せも至妙とのこと!

知覧武家屋敷群の素晴らしい景観に薩摩武士の誇りと息吹を感じる

知覧武家屋敷群の素晴らしい景観に薩摩武士の誇りと息吹を感じる

写真:村井 マヤ

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武家屋敷群の生垣や連なる石垣!その美しく凛とした佇まいに、薩摩武士の息づかいを感じます。一歩庭園に入ると260年以上前からの変わらぬ風景がそこにあり、別世界に来たような錯覚も起こさせます。

ご先祖から受けついだお庭や屋敷を維持していくのは大変なこと・・。この素晴らしい庭園を後世の人たちに残してくれた知覧の方々に感謝ですよね。

美しい景観は、絶え間ない努力の証です。文化的遺跡や史跡に学ぶことは多いはず、維持する努力や思いに恥じない観光をしたいものですね。

知覧大工によって創作された知覧型二ツ家

知覧大工によって創作された知覧型二ツ家

写真:村井 マヤ

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二ツ家は、鹿児島独特の建築様式と言われています。
もともとの二ツ家というのは、居住用の間をオモテ、台所や囲炉裏のある部屋をナカエの別々に棟を上げていました。居住用のオモテと台所用のナカエが別々だと生活上不便なために、次第に近づけるようになったのです。

知覧では、二つの屋根に小棟をつけ、それぞれの棟をつないでしまいました。これを知覧型二ツ家民家といいます。民家建築文化史の面からも貴重なものと言われています。
昭和57年ここに移築して、保存公開しています。

中では、ちょっとしたお土産や飲み物が購入できますよ。庭園巡りで、疲れたら一休みしてもいいでしょう。

中国・琉球文化の影響色濃く・・石敢当や屏風岩が見られる武家屋敷

中国・琉球文化の影響色濃く・・石敢当や屏風岩が見られる武家屋敷

写真:村井 マヤ

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武家屋敷群は整然とした美しさで、石垣で区切られています。武家屋敷群を散策される際は、通りの三叉路の突き当たりや門などに立てられた石柱などに注目して歩いて下さいね!石柱は、石敢当(石敢當:いしがんとう)という魔除けの石碑です。

石に敢えて当てて邪気を跳ね飛ばすといわれており、邪気を食い止めこれを追い払う威力を持つと信じられていたそうです。悪魔よけの一つで沖縄や南九州に多くみられます。中国伝来の風習で、福建省が発祥と言われています。そんなことに注目して歩くのも楽しいですよ!

写真は、いわゆる屏風岩ですよね。沖縄でいう屏風(ヒンプン)のこと。 屋敷の正面の門と母屋の間に設けられた内外の仕切り塀のことです。外 から直接家の中が見渡せないようにという実用的な機能と、魔物の侵入を防ぐという魔除けの役割も持っていたとか。中国由来の風習を受けた琉球文化の影響を武家屋敷巡りで発見できる・・。これも知覧ならではですね♪

枯山水の庭園・・水墨画のような美しさ〜庭にはそれぞれ個性あり

枯山水の庭園・・水墨画のような美しさ〜庭にはそれぞれ個性あり

写真:村井 マヤ

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7つの庭園の中で群を抜いて広い敷地があるのは、観光マップでは4番目にある「佐多美舟庭園」です。1751(寛政4)年頃に造園されたと言われています。知覧庭園の中で最も豪華といわれる庭園です。

5番目の「佐多民子庭園」では、巨石奇岩を積み重ねて深山幽谷を風景をうつしだしています。滝石の下部に砂利を敷き詰め、石橋を掛け、その石橋に書院から飛び石を数枚打つ、この枯滝手前の石橋や砂利を敷き詰め飛び石を配置する手法は、他の庭園では見られないこの庭のみの手法ですので、こういう点は必見です。 知覧庭園群の中でも石組みや庭園の構成が技術的にも感覚的にも最も力強いと言われています。

写真は、6番目の庭園「佐多直忠庭園」です。梅・イヌマキを主木とし、これを交互に配している手法は他の庭園に見られないものです。
また、この庭は、山水の技法のほか儒教の影響も強く受けているとのこと。外観による陰陽の表現だけではもの足りず、石の裏側をくり貫いて、石の表で陽を裏側で陰を表現しているそうです。

7番目の庭園は、「森重堅庭園」亀甲城の西麓にあり、領主も良く訪れた名家だったようで、森家では、領主専用の玄関があります。右側が領主用、左側が家人用の玄関となっていて、部屋の間取りや天井等にも独特の工夫があるそうです。
他にも、土蔵には火事に合った際の工夫なども見受けられ興味深いですよ!

美しい生垣には武家屋敷ならではの目的も・・

武家屋敷はただ美しいだけではなく、もちろん機能的にも優れた面があるんですよ!

生垣は石を積み上げた土塁を造り、お茶の生垣やマキの木の高い刈込など・・本来の目的は中の動静が伺い知れないようにとのことだそうです。防御の意味もあるんです!美しくそして守りも堅い庭園なんですね!

知覧は、お茶の生産地でもあり、そば処でもあります。昼食は茶そばなどもお勧めです。
一生に一度は訪れて欲しい場所「知覧特攻平和会館」も近くにあります。知覧観光の際は是非!!

また、指宿には天璋院篤姫ゆかりの場所もありますから、下記MEMO「たびねす/指宿で天璋院篤姫ゆかりの地を巡る!美肌温泉も効果抜群!」も参考にして下さいね。

掲載内容は執筆時点のものです。 2012/10/26 訪問

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