危険!名古屋「桶狭間古戦場跡」には熱病になる木がある!?

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危険!名古屋「桶狭間古戦場跡」には熱病になる木がある!?

危険!名古屋「桶狭間古戦場跡」には熱病になる木がある!?

更新日:2014/08/11 17:02

旅人間のプロフィール写真 旅人間 はらぺこライター、旅ブロガー

織田信長が2万5千の軍勢で侵略してきた今川義元を3千の兵で急襲し義元の首をとり劇的な勝利を手にした「桶狭間の戦い」は日本史上でも最も有名な歴史的大事件の一つ。
負けるはずのない戦いに敗れた無念からか、「桶狭間古戦場跡」には今川義元に関する怖い伝説が現在でも生々しく残っています。それでは名古屋市緑区の桶狭間古戦場と、軽はずみな気持ちで触れては行けない!この地に残る「ねづの木」を紹介しましょう。

日本の歴史を大きく変えた「桶狭間古戦場跡」

日本の歴史を大きく変えた「桶狭間古戦場跡」

写真:旅人間

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1560年6月12日、日本の歴史を大きく変える大事件がありました。それは2万5千といわれる大軍を率いて尾張に侵攻した駿河(現在の静岡県)の戦国大名である今川義元が、わずか3千の軍勢の織田信長に本陣を強襲され、大将である今川義元がその首を討ち取られたと言う事件。これが世に言う「桶狭間の戦い」ですね。

この合戦には様々な仮説があり、義元の油断による敗北が通説となっていますが、謀略説や桶狭間では戦いそのものが無かったと言う説まであるようです。また、この古戦場跡も名古屋市緑区と豊明市と2ヵ所あり、それぞれの場所に今川義元が打ち取られた場所として墓も存在しています。

名古屋市緑区の「桶狭間古戦場跡」には具体的な史跡が多く残る

実際に桶狭間に来て探索してみると分かりますが、名古屋市緑区と豊明市は隣接し、この2つの古戦場跡はほぼ背中合わせに位置しています。織田信長の襲撃によって大将首を討たれ総崩れとなった2万5千もの軍勢は、大混乱となり逃げまどい、織田軍に討ち取られた場所が、名古屋市緑区から豊明市にかけて周囲一帯だったと考えて良いでしょう。

ただ最大の焦点は、今川義元の首を討たれた場所が何処だったのか?と言う事になりますね。名古屋市緑区側では、「有松桶狭間めぐり」の看板に紹介されてるように、この桶狭間の合戦に関し、具体的な史跡が多く残ってる事から、緑区こそが今川義元が打ち取られた場所であるとの声が多いようです。

名古屋市緑区の「桶狭間古戦場跡」には具体的な史跡が多く残る

写真:旅人間

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織田信長像と今川義元像は歴史ファンの憧れの場所!

名古屋市緑区では、今川義元が打ち取られた場所は桶狭間古戦場田楽坪と言われ、現在この場所は閑静な住宅街の中にある「桶狭間古戦場公園」となっています。
テレビ番組の特集などで「桶狭間の戦い」を取り上げた際には、必ずと言って良いほど登場するのが「織田信長の像」と「今川義元の像」。ここは歴史ファンにとっては憧れの場所でもあり、この周囲ではカメラを手にした人がとても多くいます。

この「桶狭間古戦場公園」のある場所が、今川義元が打ち取られた所と言われています。ここから歩いて数分の場所には、信長が義元の本陣を責める直前に突撃の機をうかがった「釜ヶ谷」や義元の本陣があったとされる「おけはざま山」、そしてその首を打ち取られた後に首実検をされた「長福寺」があります。

織田信長像と今川義元像は歴史ファンの憧れの場所!

写真:旅人間

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「今川義元の墓」には駿河の国の優れた立派な人と刻まれている

この公園内には「今川義元戦死の地」と書かれた碑があり、そのすぐ横には昭和8年に建立された今川義元の墓があります(写真中央)。そして更にその横には、「駿公墓碣」と刻まれた墓石があります(写真右側)。

この「駿公墓碣」の「駿」の文字は、優れた、もしくは秀でたと意味し、駿公とは駿河の国(現在の静岡県)の優れた立派な人との意味してると言われています。大軍を擁し多にも関わらず敗北をしてしまった事から、愚将と言う扱いを受けることもありますが、今川義元と言う人物はとても優れ、もしこの「桶狭間」で命を失っていなければ、戦国の世において天下を統一した人物であったかもしれません。
この墓は昭和28年に偶然発見されたもので、この墓が作られた年月は不明ですが、おそらくこの地に住む村人が敗軍の将を弔う事をはばかり、墓石を埋めてひっそり供養したものではないかと言われています。

「今川義元の墓」には駿河の国の優れた立派な人と刻まれている

写真:旅人間

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絶対に触っては行けない!触ると熱病になる「ねづの木」

公園内の「今川義元の墓」がある付近に1本の枯れた「ねず木があります。この枯れた木は普通の木ではありません。
桶狭間の奇襲の直前、今川義元が馬をつないだと言われる木で、この木に触れると熱病になるとの伝承が今も残っています。もともとはこの場所ではなく、ねづ塚にあったものですが、移植して枯れ木として残しているようです。

実際に、この木に関して触れると本当に熱病になるのか?気になるところで、この付近に住む人に聞いてみると、「昔からの言い伝えなので、怖いから触らないようにしてる」「触ったことがない」「知らずに触ってる人もあるかもしれないけど、触った人は知らない」そんな回答ばかり。おそらく400年以上も受け継がれてる伝承、この木には軽い気持ちで触ったりは、決してしない方が良さそうです。

絶対に触っては行けない!触ると熱病になる「ねづの木」

写真:旅人間

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史跡公園として整備された桶狭間古戦場公園

名古屋市緑区にある「桶狭間古戦場跡」は、古くから義元が討ち取られた場所とされており、2009年に史跡公園として整備されました。ここには信長像と義元像の他にも、合戦時のジオラマが作られ、信長ファンだけでなく歴史好きにはたまらない設計となっています。義元の墓、義元馬つなぎのねずの木の他、首洗いの泉などもあり見どころが満載です。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/02/23 訪問

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