比叡山まるごと攻略の第一歩は、麓の大津市坂本を知るべし

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比叡山まるごと攻略の第一歩は、麓の大津市坂本を知るべし

比叡山まるごと攻略の第一歩は、麓の大津市坂本を知るべし

更新日:2014/08/18 11:18

ナツキのプロフィール写真 ナツキ きのこの文化研究家、博物学者

穴太衆(あのうしゅう)の石積みのある門前町として知られる大津市の坂本は、かって比叡山延暦寺の台所を預かるまちとして栄え、夥しい寺社仏閣がひしめいています。
雲上の伽藍への最初の一歩として、この門前町の隠れた魅力を歩いて確かめることにいたしましょう。

わが国の喫茶のはじまり・日吉茶園

わが国の喫茶のはじまり・日吉茶園

写真:ナツキ

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茶を喫することは、最澄が中国の唐よりお茶の種を持ち帰り、比叡山麓で栽培したことにはじまると言われます。京阪電車・坂本駅前には、まさにその茶園のミニチュア版があり、日吉神社が建立した由来碑があります。坂本行脚の第一歩はここから始めましょう。

歴史上の著名人らの供養塔が鎮もる慈眼堂

歴史上の著名人らの供養塔が鎮もる慈眼堂

写真:ナツキ

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琵琶湖岸からJR比叡山坂本駅、京阪坂本駅を通り日吉神社まで日吉馬場と呼ばれる直線道路が通じています。この参道左右に並ぶ寺院はすべて延暦寺の里坊です。里坊とは比叡山で修行を積んだ僧侶たちが座主の許しを得て住み込む隠居坊のことで、この坂本の地には50余りの里坊があります。
日吉馬場を日吉神社方向へ少し歩いた左には、ひときわ立派な構えの延暦寺の本坊・滋賀院があり、江戸時代末期までは天台座主の居所でしたので滋賀院門跡と呼ばれ、小堀遠州作の庭園、客殿の狩野派絵師による障壁画は有名です。その一筋奥のところには、比叡山再興に力を尽くした慈眼大師天海を祀る廟所・慈眼堂があります。
広大な境内には、多数の石仏、石塔が処狭しと並び、桓武天皇、徳川家康、紫式部、清少納言、和泉式部などの供養塔が並んでいます。

写真は平安時代のトップアイドルたちの供養塔です。

境内の見学自由。
堂内見学不可。

最澄ゆかりの里坊・生源寺

最澄ゆかりの里坊・生源寺

写真:ナツキ

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滋賀院門跡寺院の道路を挟んだ北側には、松茸よりも各段にうまいときのこファンたちに人気のショウゲンジと同名の生源寺があります。
この寺院は、きのこの供養寺ではなく最澄の生誕地とされ、弟子の慈覚大師円仁が刻んだと伝えられる十一面観音が御本尊です。
もちろん、最澄が三津浜(現・坂本)の百済系渡来氏族・三津首(みつのおびと)の出自であったことを考え合わせるとまんざら根拠のない話ではないのですが、最澄の産湯に用いたとされる古井戸まで用意されているとなると疑ってみたくなるのが人情というものですね。
境内見学自由ですので、ぜひ訪ねてみてご自身で真偽のほどを確かめてくださいませ。

比叡山の繁栄はここから。山王総本宮・日吉大社

比叡山の繁栄はここから。山王総本宮・日吉大社

写真:ナツキ

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日吉大社は、古事記上巻に「日枝の山(現・比叡山)に坐す大山咋の大神」と記されていて、日本でもっとも古い神社のひとつです。日枝の山(現・比叡山)からここに遷されて2000年、あまたの巨樹で覆われたその境内は、広がり続けて40万平方メートルにも及び、主祭神の大山咋神(おおやまくいのかみ)を祀る東本宮、ずっと後に勧請された大己貴神(おおなむちのかみ)を祀る西本宮(両本殿はともに国宝)を中心に、社殿17棟、神輿7基、そして大宮川に架けられた秀吉寄進の石橋3基はすべて重要文化財で、ここ日吉大社だけを巡っても一日充分楽しめる奥行をもっています。

写真は祝婚の儀でにぎわう東本宮

明智光秀一族の眠る天台真盛宗総本山・西教寺

明智光秀一族の眠る天台真盛宗総本山・西教寺

写真:ナツキ

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明智光秀を抜きにして坂本は語れません。それほど、彼はこの地の復興に力を尽くしました。その事実をひしひしと感じるためには坂本の北のはずれの西教寺をたずねてみるべきです。
日吉大社から琵琶湖を一望しながら八講堂千体地蔵を経由して、いわゆる「坂本の山の辺の道」を北方向へしばらく歩いたところに西教寺はあります。
天台宗の学問寺として比叡山横川の良源(元三大師)や恵心僧都源信が念仏道場としましたが、やがて荒廃。室町時代に真盛上人が再興するも信長の焼き討ちに遭い元亀2(1571)年、灰燼に帰してしまいました。
その寺院復興に努力したのがほかならぬ明智光秀だったのです。そのお蔭で不断念仏の声が途絶えることなく今日まで継承されてきています。
広大な境内には総けやき造りの本堂(重文)、伏見桃山城の旧殿を移築した客殿(重文)があり、その襖絵は狩野派の絵師によるもの。
境内本堂西側には明智光秀をはじめ一族の墓が並び、その脇には二十五菩薩石像が整然と並んでいます。

写真は、阿彌陀如来を中央にそれぞれ手に楽器をたずさえる二十五菩薩の石造仏。
これらの像は、近江粟田郡の富田民部進が幼くして没した息女の極楽往生を願って造立したもので、愛しい娘を失った悲しみがそれぞれの像からにじみ出ています。
オリジナルは、越後の笏谷石(しゃくたにいし)作りで桃山時代の天正12(1584)年造立。

おわりに

山脈全体が宗教都市である比叡山は、東麓の坂本、西麓の八瀬・大原、山上も西塔・東塔、横川と、あわせて5つのゾーンに分けて足しげく通わなければその全体像が把握できません。最も少なく見積もっても1200年の歴史が堆積しているスーパー・パワー・スポットですので、これから折に触れ、この地のそれぞれのゾーンの見どころをご紹介いたします。
毎年期間限定で比叡山横断チケット、比叡山1dayチケット、比叡山シャトルバス山内一日フリー乗車券など発売されますので、お出かけになる前に十分お調べになって財布にもやさしい快適な旅を計画してください。
チケットに関するお問い合わせは、京阪お客さまセンターまで 
電話06-6945-4560 (9時〜19時、土・日・休 17時まで)

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掲載内容は執筆時点のものです。 2013/08/10 訪問

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