大鳴門橋がつなぐ淡路・鳴門の隠されたもうひとつの顔

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大鳴門橋がつなぐ淡路・鳴門の隠されたもうひとつの顔

大鳴門橋がつなぐ淡路・鳴門の隠されたもうひとつの顔

更新日:2014/09/30 16:40

ナツキのプロフィール写真 ナツキ きのこの文化研究家、博物学者

南あわじ市、鳴門市は、渦潮逆巻く鳴門海峡で隔てられていますが、かってはともに阿波徳島藩に属し、文化的には共通の土壌を形成してきました。今回は、表看板である観潮に勝るとも劣らないわが国の成立の根幹にかかわる当地のもうひとつの顔をご紹介いたします。

浄瑠璃を全国に広めた淡路人形座

浄瑠璃を全国に広めた淡路人形座

写真:ナツキ

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太夫の語り、太棹の義太夫三味線、三人遣いの人形という三業(さんぎょう)が融合した人形浄瑠璃は、鎌倉時代、大阪四天王寺の楽人が当地に移り住み、その子孫たちが兵庫県西宮の人形操りの技術を受け入れたことに始まるといわれます。
江戸時代になると、淡路人形座は京都・大阪で作られた浄瑠璃作品をいち早く取り入れ、徳島藩の手厚い庇護のもと、阿波(徳島)の箱まわし(人形を使う大道の門付け芸)と共に全国に巡業して、その魅力を列島の隅々にまで伝えました。徳島は人形師を、淡路は音曲師を多く輩出して今日に至っています。

2012年8月、淡路の伝統文化の発信基地として大鳴門橋記念館から福良港に場所を移しグランドオープンした淡路人形座は、鳴門市に隣接する徳島市川内町にある阿波十郎兵衛屋敷とともに、旧阿波国の誇る郷土芸能の独自な演目、演出の伝承と復活に精力的に取り組んでいます。
ちなみに、阿波十郎兵衛とは、1698年罪状もあきらかにされないまま、徳島藩の政策上の犠牲となって処刑された庄屋で、その悲劇は近松半二らの手で「傾城(けいせい)阿波の鳴門」という時代物の浄瑠璃となって今日まで伝えられてきました。
現在、阿波木偶(あわでこ)やその衣裳などの資料展示と阿波人形浄瑠璃を実際に観劇できるこの場所は、その物語の主人公である庄屋・阿波十郎兵衛の屋敷跡なのです。

旧阿波国の人形浄瑠璃は、小屋掛けの野外舞台が多かったことから文楽と比べて一回りも二回りも大きな光沢のある塗り人形を使い、観客にアピールするよう「阿波の手」と呼ばれる大きな振付をして演じられたことが特徴といえましょう。

淡路人形座

南あわじ市福良甲1528-1 TEL0799-52-0260
定期上演 人形浄瑠璃1日5回(各々約45分)
休館日 毎週水曜日と年末
入場料 大人1500円、中学生1000円、小学生800円

徳島県立 阿波十郎兵衛座敷

徳島市川内町宮島本浦184 TEL088-665-2202
開館時間 9:30〜17:00(人形浄瑠璃11:00と14:00の1日2回上演)
入場料 大人410円、高大学生300円、小中学生200円

写真は、淡路人形座の舞台入口付近の図像

阿波國一之宮・大麻比古神社

阿波國一之宮・大麻比古神社

写真:ナツキ

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徳島県鳴門市には「大麻町(おおあさちょう)」という名称の場所があります。大麻というと現代では麻薬の一つですが、縄文時代から第二次大戦後しばらくまで、我が国には大麻を衣食に利用した根深い文化がありました。そしてこの地にはその事実を裏付けるかのように「大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)」が存在します。
この神社の祭神は天太玉命(あめのふとだまのみこと)で、記紀神話の天岩戸伝説には大麻のしめ縄と玉つくりの神様として登場し、忌部氏(いんべし)の太祖に当たります。
大和朝廷の宮廷祭祀は、詔(みことのり)などの言霊(ことだま)を操る中臣氏(藤原氏らの祖)と、神事の行われる空間の設営や祭具の作り手の忌部氏(斎部氏の祖)によって担われました。とりわけ「麁服(あらたえ)」という名の神衣を大麻の繊維で織ることは、忌部氏の専業で、皇位継承者は大嘗祭(だいじょうさい)の前夜、麁服を身につけ、降臨した神と一体となることで、天皇に即位する資格を得ることができたのです。
大麻草は、その強い生命力から天皇一族にとっては稲とならんで重要なもので、魂の象徴であり、神の依代(よりしろ)でもあったのです。

事実、わが国の衣料は、近世に入って木綿にとってかわられるまでは、大麻繊維が主でした。そしてその実(おのみ)は、高栄養のナッツで、食用のほか、良質のオイルが得られます。
そんなわが国の基幹産業であった大麻の重要性を伝える当社は、延喜式の名神大社であり、現在でも阿波国一之宮として、阿波・淡路両国の総産土神(そううぶすなしん)として崇められています。
戦後、GHQの麻薬規制法により、十把ひとからげに栽培禁止となって久しい大麻草ですが、わが国の衣食文化をささえてきた大麻草は、覚せい剤に利用される大麻草とは元来、系統がことなるものでした。
大麻草を神紋とするこの神社に参詣し、広大な社叢をゆっくりと巡っていると、わが国の大麻利用の悠久の歴史とその衣食の文化には、まだまだ学ぶべきことがありそうだと思えてきます。

写真は、樹齢千年を経た楠の老樹が境内中央にかまえる大麻比古神社

日独の不思議な国際交流史を伝える道の駅「第九の里」

日独の不思議な国際交流史を伝える道の駅「第九の里」

写真:ナツキ

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猿田彦が降臨したといわれる大麻山(おおあさやま)の麓に広がる大麻比古神社の神域の隣には、物産館と鳴門市ドイツ館と賀川豊彦記念館が一体となった道の駅「第九の里」があります。

物産館では、鳴門みやげの地場産品と旬の市が開かれ、軽食コーナーではドイツのパンやビール、そして料理を楽しむことができます。

ひときわ目立つドイツ館は、第一次世界大戦のとき「坂東(当地の旧名)俘虜収容所」で生活したドイツ兵と地元の人達との交流を後世に伝えるために建設されたものです。その縁で、鳴門市は1972年ドイツ・リューネブルグ市と姉妹都市提携を結び、活発な交流を続けています。
同収容所の1000人余りのドイツ兵たちは、祖国の土木工法(その遺構は大麻比古神社境内にドイツ橋として残されています)を伝えたほか、演劇・スポーツ・音楽コンサートなどを定期的に開催しました。
そして、当地でベートーベンの交響曲第九番を日本で初めて全曲演奏したことに因んで道の駅も「第九の里」と命名されたのです。
ドイツ館ではそのCDも売られており、近年カラヤンをはじめ来日した有名な指揮者も多数この地を訪れています。

さらにその隣に位置する賀川豊彦記念館は、生活協同組合運動の生みの親・賀川豊彦の社会事業に捧げた生涯の記録や氏と徳島のかかわりについてつぶさに知ることができ、今も訪れる人が絶えません。

道の駅「第九の里」

鳴門市大麻町桧字東山田51〜53
休館日第4月曜と年末12月28〜31日(3所共通)

物産館 TEL088-689-1119 営業時間 9時〜17時

鳴門市ドイツ館 TEL088-689-0099  9時30分〜16時30分
観覧料 大人400円、中小学生100円

賀川豊彦記念館 TEL088-689-5050 9時30分〜16時30分
観覧料 大人200円、中小学生100円

写真はドイツ館

おわりに

四国東部と淡路島は、大鳴門橋のお蔭で随分と行きやすくなりました。
今回紹介する旧阿波国のスポット地点は、めくるめく鳴門の渦潮の陰に隠れてブラックホールに等しいものとなっていますが、訪ねてみると、その土地の持てる磁力の大きさに驚き、たちどころに新たなテーマが生まれ、そこからさらなる旅情を掻き立てられるという点では、素晴らしい場所だと思われます。

操船に長じた忌部氏は大麻草を携えて日本の各地に移住し、その定住地が大麻草の織物産業の中心地となっていますし、傀儡(くぐつ)の歴史は非農耕民の遊芸者の痕跡を方々にとどめています。また鳴門市とドイツの不思議な国際交流は、日独の新たな文化交流を考える上で極めて興味深い事例を呈示してくれています。

私たちが旅の空で見聞することはほんの断片にしかすぎませんが、つねに旅する自分自身の無意識を精一杯意識化し、個々の旅を独自の曼荼羅的な世界に配置しなおしてみる習慣をつければ、旅があらたな旅を呼び寄せるようになります。これも旅の醍醐味のひとつだと思います。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/08/30−2014/09/01 訪問

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