静岡・宇津ノ谷峠〜幾つもの旧道が眠る旧東海道の難所

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静岡・宇津ノ谷峠〜幾つもの旧道が眠る旧東海道の難所

静岡・宇津ノ谷峠〜幾つもの旧道が眠る旧東海道の難所

更新日:2014/09/25 17:15

池口 英司のプロフィール写真 池口 英司 フリーライター、フォトグラファー 日本写真家協会(JPS)会員

弥次さん、喜多さんも旅をした旧東海道には、その途中に幾つかの難所がありました。箱根八里、大井川などがその代表ですが、今は静岡市の一部となっている宇津ノ谷(うつのや)峠もその一つでした。ここには今も、峠越えに使われた旧道が幾つも残り、これらの道を辿ることで、遠い昔の旅を偲ぶことができます。

今も美しい町並みが残る

今も美しい町並みが残る

写真:池口 英司

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旧東海道には幾つもの宿場が設けられていましたが、その中間地点にも、「間の宿」(あいのしゅく)と称する旅人の休憩施設が設けられていました。この宇津ノ谷もその一つで、丸子宿と岡部宿の間に存在する宇津ノ谷峠の近くに、戸数40戸ほどの小さな集落があり、「十団子」という名の団子が名物になっていたといいます。
今も、宇津ノ谷には昔日を偲ばせる美しい町並みが残り、現代の旅人を優しく迎えてくれます。通りに面して並ぶ家並みの軒先には、今も屋号が下げられています。きっと遠い昔から、この姿が守られてきたのでしょう。

今は利用する人も希な「明治のトンネル」

今は利用する人も希な「明治のトンネル」

写真:池口 英司

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町の中心の少し北側には、歩行者と軽車両だけが通ることができる小さなトンネルがあります。通称は「明治のトンネル」。トンネルが開通したのは1876(明治9)年のこと。このトンネルは日本で初めての、有料のトンネルでした。全長203mの短いトンネルは、峠を越えていた難路をショートカットし、旅人を峠越えの苦行から救ったのでした。
「明治のトンネル」は、今は無料で通ることができますが、この道を利用する人は少なく、トンネルに続く道は、終日ひっそりとしています。

江戸時代の道も残る

江戸時代の道も残る

写真:池口 英司

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「明治のトンネル」が開通する前に使われた、江戸時代の旧東海道も、残されています。写真はその入口。この道は林の中で蛇行を繰り返し、峠を越えています。その雰囲気は、今日のハイキングコースと変わりません。

集落の奥に、草むした、いにしえの道も

集落の奥に、草むした、いにしえの道も

写真:池口 英司

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今は集落が作られている場所から、小さな流れに沿って奥へと進んだ先には「蔦の細道」と名付けられた古道が残っています。近世になって旧東海道が整備される以前、中世以降に使われた道で、この峠越えが旅人を苦しめた難所であったことが、古文書に誌されています。『駿河なる宇つの山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり』というのが、「伊勢物語」に現れる宇津ノ谷の姿。昼なお暗い山道を歩くのは、ずいぶんと心細いことだったのでしょう。

昔と変わらない暮らしぶりがここに

昔と変わらない暮らしぶりがここに

写真:池口 英司

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宇津ノ谷峠を越える道には、他に「大正のトンネル」もあり、このトンネルのある道は、自動車が安心して通れるやや広い道が、集落の北へと大きく迂回して伸びています。自動車が普及し初めてからは、きっとこの道がメインルートになったのでしょう。そういえば、今は車がひっきりなしに通り過ぎる国道1号線のバイパスにあるトンネルには「昭和のトンネル」、近くを走る新東名のトンネルには「平成のトンネル」の名前もつけられています。何だか、トンネルの見本市のようですが、この地の交通の要衝としての、長い歴史が語られているようです。多くの車がバイパスを通り過ぎてゆく傍らで、宇津ノ谷の集落は、今も変わらない姿でひっそりと佇んでいます。

脇道を辿って、歴史を訪ねよう

クルマを利用すれば、あっという間に通り過ぎてしまう遠い昔の難路。今はバイパスが通るすぐ脇に、人々を支えた小さな道が残っています。少し寄り道をして、これらの道を辿ってみましょう。きっと歴史への思い、旅への思いが新たになることでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/07/01 訪問

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