子育て幽霊の幽霊飴。「みなとや幽霊子育飴本舗」と京都六道の辻

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子育て幽霊の幽霊飴。「みなとや幽霊子育飴本舗」と京都六道の辻

子育て幽霊の幽霊飴。「みなとや幽霊子育飴本舗」と京都六道の辻

更新日:2014/10/20 12:14

けいたろうのプロフィール写真 けいたろう 旨いもんライター

子供を育てるために幽霊が飴を買いに来る話。聞いた事ありませんか?
『子育て幽霊』や『幽霊飴』として有名な昔話で、日本各地や中国にも類話が存在する話ですが、モデルになったお店が、京都の東山地区、清水寺から歩いて15分ほどの場所に今もなお存在しています。

幽霊飴のあらすじ

幽霊飴のあらすじ

写真:けいたろう

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慶長四年のある夜のこと。
飴屋の主人が店じまいをしていると、あまり見かけない青白い顔をした女が「飴を1文売って欲しい」と店を訪れます。
夜遅くの来店と女性の雰囲気に妙な胸騒ぎを感じつつも、主人は女に飴を売ります。
次の日、また次の日も女は、夜に飴を買いに来て、主人は飴を売ります。

女性が店を訪れ、7晩がたったあくる日の朝。
主人が売り上げを勘定しようとすると、銭箱の中に1枚の樒(しきみ)の葉が入っていて、不思議に思い、例の女が怪しいと考えます。
その日の夜、また女が飴を買いに来た時に、主人は後をつけることにしました。
後を追ってみると、女は墓場へと歩いて行きくではありませんか。
そして1つの墓の前まで来た所で、女の姿がスッと消えたかと思うと、墓の中から赤ん坊の泣き声が聞こえます。
主人が墓を掘り返すと、生きた赤ん坊が母親と同じ棺の中にいました。
埋葬後に出産した女が幽霊となって、三途の川の渡し賃である六文銭を使って飴を買い、7日目からは、お供えの樒の葉をお金に変えて飴を買っていたという話です。

枝葉末節は、地方により変化しますが、大まかなお話しはこういった感じです。水木しげる原作の『ゲゲゲの鬼太郎』の前身である、『墓場鬼太郎』の元にもなっています。
死してなお我が子を思う、母の悲しくも強い情念が現れた話ですが、お話しの舞台となったお店が実在し、現在も京都で営業しております。

みなとや幽霊子育飴本舗の概要とアクセス

みなとや幽霊子育飴本舗の概要とアクセス

写真:けいたろう

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子育て飴の話に登場し京都の東山地区に現存する、『みなとや幽霊子育飴本舗』は、なんと500年以上の歴史を誇り、日本でもっとも有名で、日本でもっとも古い飴屋さんとして、現在は20代目の段塚きみ子さんがお店を切り盛りしています。

【アクセス】
『みなとや幽霊子育飴本舗』
京阪本線の「清水五条駅」を下車。5番出口を出て北東方向へ徒歩10分
住所:京都府京都市東山区松原通大和大路東入ル2丁目轆轤町80番地の1
電話:075-561-0321

幽霊飴を味わう

幽霊飴を味わう

写真:けいたろう

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それでは幽霊飴を味わってみましょう。
色は黄金色で琥珀の様なキラキラとしていて、べっ甲飴のようでもありますが、原材料は麦芽糖だそうです。
すっきりと甘く、キリッと硬い飴で口の中に入れてもなかなか溶けません。
素朴ながらも後を引く味で、思わずいくつも食べたくなる味で、母乳の出ない幽霊が我が子に食べさせていたと言われても、頷けるような味わいです。
ちなみに、こちらの幽霊飴はお湯に溶かして生姜を加えて、飴湯や、ひやしあめとして飲むことも出来ます。
幽霊子育飴 170g 500円

幽霊飴と六道の辻

幽霊飴と六道の辻

写真:けいたろう

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こちらの幽霊飴のみなとやさんは、辺りを散策してみると、この地にあるべくしてあるのが分かります。
まず、お店は『六道の辻(ろくどうのつじ)』という名前の道路に面して建っています。
この六道の辻の『六道』というのは、仏教において、死んだ人間が行くとされる、地獄界・畜生界・餓鬼界・修羅界・人間界・天上界の6つの世界のことであり、六道が交わる辻、つまりあの世とこの世の境界であるとされています。

というのも、昔は、人は死ぬと山に帰るとも言われていて、京の市街地から見て鴨川を超え、山にぶつかる手前の、この辺りは鳥辺野(とりべの)と呼ばれる埋葬地であったそうです。

六道の辻からあの世を垣間見る

六道の辻からあの世を垣間見る

写真:けいたろう

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さらに、みなとやさんは、六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)と六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)という2つのお寺への道が交差する場所に存在します。
六波羅蜜寺は、南無阿弥陀仏の六文字が阿弥陀像となって口から出ている空也上人の像があることで有名なお寺です。他にも、平清盛、仏師として有名な運慶、薬師如来と四天王、閻魔大王と奪衣婆など、様々な像が安置されています。

もう一つの六道珍皇寺は少々不思議なお寺です。
歌人であり貴族である小野篁(おののたかむら)という人が創建したという説のある、六道珍皇寺ですが、こちらの小野篁には奇妙な逸話が多数存在します。

遣隋使として有名な小野妹子を祖先に持ち、参議の位にまでのぼった貴族であり、百人一首にも名を連ね、小野小町の祖父とも言われている小野篁ですが、昼は嵯峨天皇に仕え、夜はあの世に出向いてなんと閻魔大王に仕えたと言われています。

こちらの六道珍皇寺では、閻魔大王と並んで小野篁の像が安置されています。また、冥界まで届くとされている迎え鐘や、小野篁があの世とこの世を行き来する際に通ったとされる井戸なども存在します。
しかも、迎え鐘は、建物で覆われ鐘を突く綱だけが外に出ていて、肝心の鐘が見えない造りになっていたり、閻魔大王と小野篁の像、あの世への井戸、本堂の中などは、木で組まれた格子から覗き見る構造になっていています。
こういったことから、あの世とこの世、彼岸(ひがん)と此岸(しがん)が近くにありながら、区切られているのを、どうしても意識する造りとなっています。

また、みなとやさんのお店の正面には、女性の死体が白骨化する過程をリアルに描いた檀林皇后九相図(だんりんこうごうくそうず)が所蔵されている西福寺なども存在し、とにかく死という物の存在が色濃い一帯となっています。

ここまで来ると、六波羅蜜寺に平清盛や薬師如来に並んで、閻魔大王の像があったことや、なぜ六道の辻に幽霊飴のエピソードがあるのかにも、納得できるような気がします。

幽霊飴のみなとや、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、西福寺をそれぞれ個別に見ていると点としての認識でしかありませんが、それらを繋げて考えると線になり、面となって一帯の歴史を知ることができます。

現在の世の中では、死は最大のタブーとされていますが、時にはこういった経験もいかがしょうか?きっと京都旅行の大きな思い出になるはずです。

やっぱり肩の力を抜いて

ここまで色々と書きましたが、あまり肩に力を入れる必要もありません。みなとやのお店の方もとっても気さくな方で、聞くと色々とお話しをしてくれます。
六波羅蜜寺の平清盛像は、歴史の教科書に登場する有名な像ですし、空也上人像は息をのむほどリアルな造形で、純粋に楽しめるスポットだと思います。
最後に空也上人の像についてうんちくを一つ。空也上人の像は木像ですが、よーく顔を近づけてみると、目に水晶が入っているのが分かります。造形の細かさと相まって本当にリアルです。

古寺や仏像を堪能して、お帰りの際のお土産に幽霊飴。
通な京都旅行にオススメのプランです。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/10/08 訪問

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