驚きの障子掘!静岡・国指定史跡で観る戦国時代の防衛網の凄さ

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驚きの障子掘!静岡・国指定史跡で観る戦国時代の防衛網の凄さ

驚きの障子掘!静岡・国指定史跡で観る戦国時代の防衛網の凄さ

更新日:2014/11/07 11:25

佐久田 隆司のプロフィール写真 佐久田 隆司 孤高のアウトドアライター、ネイチャーカメラマン

静岡県三島市の「山中城跡(やまなかじょうあと)」は、後北条氏の西側を防御する重要拠点だったところ。そこにある「障子掘(しょうじぼり)」「畝掘(うねぼり)」は戦国時代の知恵の結晶として今に残ります。

後北条氏の西の防衛拠点としての山中城

後北条氏の西の防衛拠点としての山中城

写真:佐久田 隆司

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戦国時代に関東一帯を牛耳る、後北条氏の三代当主「北条氏康(ほうじょううじやす)」により、西側の重要防衛拠点として築かれたのが山中城です。
さまざまな攻めに対し山中城を改修した結果、日本でここだけと言える防衛システムを造り上げました。箱根峠の静岡県側のためにあまり目立たない「山中城跡」ですが、国指定史跡、日本百名城に名を連ね、「障子掘」と「畝掘り」は驚きの景観をほぼ完全に近い形で残しています。

そもそも後北条氏は堀のノウハウが素晴らしかった

そもそも後北条氏は堀のノウハウが素晴らしかった

写真:佐久田 隆司

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戦国時代最大級の領地を持っていたとされる後北条氏。「※大堀切」などの地形を利用した防衛システムに長け、その名残も小田原市内にみて取れます。戦国時代の武将の中でも後北条氏の堀建築のノウハウは素晴らしく、その集大成が山中城でした。全国にさまざまな堀跡があるなかで、「山中城跡」の歴史的価値は非常に高いと言えます。それだけに見逃せないスポットでしょう。

※尾根を仕切るように作られた大型の堀。小田原市城山に現存。

ワッフル形状の「障子掘」の深さは9mもあった!

ワッフル形状の「障子掘」の深さは9mもあった!

写真:佐久田 隆司

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「障子掘」は、まさにワッフルケーキの形をした堀で、「畝掘」は区画が少し長い形をしています。これを造る際に掘った土は「※土塁(どるい)」として積み上げて敵の侵入をはばみ、さらに「畝掘」は8m「障子掘」は9mも深さがありました。現在は史跡保存のために土砂などを堆積させていますが、当時はその深さに加えぬかるんだ土が露出していたため、敵が迷い込んだ際は脱出不可能だったそうです。また中央から湧き出す水が外側の堀へと流れ出す構造もあり、空堀ではなかったこともうかがえます。

この後北条氏のこの堀システムは、敵が侵入したら堀の上部から一斉に矢を放つ、特異な防衛手段として伝えられています。

※敵や動物などの侵入を防ぐために築かれた土製の堤防状の壁のこと

見晴らしが良いのには理由がある

見晴らしが良いのには理由がある

写真:佐久田 隆司

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山中城跡の立地は、背後に箱根連山、右に富士山系、左に十国峠と三方を囲こまれています。そして駿河湾まで一望できる前方は、敵の侵入ラインを特定する狙いもありました。
実際に目にする「障子掘」や「畝掘」の姿は圧巻!そこに当時の防衛手腕が優れていたことをのぞかせます。

小田原征伐に乗り出した豊臣秀吉勢を迎え撃つために、後北条氏は急きょ南西側の岱崎出丸(だいさきでまる)の増築に着手しましたが、完成をみずして半日で落城した悲運の城跡なのです。
今では壮麗な富士山の景観も「山中城跡」の魅力です。

箱根フリーパスのエリア内です

動画:佐久田 隆司

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山中城跡は神奈川県箱根に近い立地ですが、おおむねの観光客は箱根峠を越えて静岡県側へ行かない方が多いようです。ですが山中城跡までのバス路線は、※箱根フリーパスエリア内ですので、静岡県三島や沼津まで行ける上に、車なら無料駐車場も完備されていますから機会を設けて是非とも訪れたいものです。
そして三島までの「箱根旧街道」を徒歩で辿る観光ルート整備もされています。

※箱根フリーパス 小田急電鉄の発行する箱根の乗り物を2日間自由に乗り降りできるパス

戦国時代を肌で感じる史跡探索

歴史的価値の高い「山中城跡」に行けば、当時の卓越した技術と知恵を想像させられます。全国屈指の戦国時代の名残を、ぜひともその目で確かめてはいかがでしょうか?

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/09/28 訪問

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