ハイドンゆかりの地アイゼンシュタット、ウィーンから気軽に行ける異文化圏

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ハイドンゆかりの地アイゼンシュタット、ウィーンから気軽に行ける異文化圏

ハイドンゆかりの地アイゼンシュタット、ウィーンから気軽に行ける異文化圏

更新日:2014/11/13 11:13

小谷 雅緒のプロフィール写真 小谷 雅緒 ツアーコーディネーター&ガイド

オーストリアは小さい国ですが、かつて帝政時代、各地方で支配権が異なっていたため、今も各地方で風土が異なります。ブルゲンラント州は100年前までハンガリー領。ウィーンからわずか1時間のエクスカーションで、異なる文化圏に行くことができます。また、アイゼンシュタットはこれでもかというほどハイドンづくしの町!クラシック音楽ファンには特におすすめです。

アイゼンシュタットはハンガリー大貴族エステルハーズィ家の領地

アイゼンシュタットはハンガリー大貴族エステルハーズィ家の領地

写真:小谷 雅緒

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Eszterházyはハプスブルク家に仕えたハンガリー貴族です。当時は独語が公用語であったために、独語発音では「エスターハーズィ」と呼ばれています。しかし、彼らがハンガリー人であることは周知の事実で、現地でも「エステルハーズィ」と呼ばれることも多く、本稿でもハンガリー語読みで統一することにします。

現在のオーストリアとハンガリー国境周辺を領地としたエステルハーズィ家は、伯爵、侯爵、公爵と出世し、一時はハプスブルク家を凌駕するほどの経済力を持っていました。そして、かつての領内にはエステルハーズィ家の宮殿や館が5か所残っています。

アイゼンシュタットもエステルハーズィ家の拠点のひとつであり、町の中心部にバロック様式の豪華な宮殿が残り、観光施設として有名です。

エステルハーズィ家を語るに欠かせないのがハイドン。宮廷音楽家として30年近くも仕えました。当時の当主はハイドンのために食堂を大改造し、ハイドンホール[Haydn-Saal]を造りました。このホールはウィーン楽友協会が完成するまで、最高の音響を持つホールであり、今も現役のコンサートホールです。

*写真は宮殿正面

エステルハーズィ宮殿を入場見学しよう

エステルハーズィ宮殿を入場見学しよう

写真:小谷 雅緒

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エステルハーズィ宮殿の見学にはいくつかコースがあります。ハイドンホール入場が含まれるハイライトツアーは、オーディオガイドによる個人見学が可能です。

「エステルハーズィ侯爵婦人たちのアパートメント」コースは、ガイドツアーのみで見学可能です。このコースにハイドンホールは含まれていませんが、ガイドの説明はたいへん興味深く、侯爵夫人とその侍女たちの暮らしぶりを丁寧に見ていくことができます。ガイドツアーも日に数回設定がありますが、問題は言語が独語とハンガリー語のみであること。

その他、宮殿地下にあるワイン博物館見学コースなどもあります。

宮殿出口には観光施設のお約束ともいえる、おみやげコーナーを通る必要があります。しかし、ここのショップは女子向きの雑貨も多く、季節の商品、名産のワインの種類も豊富で、かなり見応えがあります。

*写真は宮殿中庭

エステルハーズィ宮殿 Schloss Esterházy
住所:Esterházyplatz 5, 7000 Eisenstadt
開館時間:1月2日〜3月末 金〜日と祝日 9〜17時
     4月〜11月上旬 毎日 9〜18時
     11月中旬〜12月30日 金〜日と祝日 9〜17時
入場料:ハイライトツアー 9ユーロ

パステルカラーのかわいらしい街並み

パステルカラーのかわいらしい街並み

写真:小谷 雅緒

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アイゼンシュタットはブルゲンラント州の州都ですが、人口はたったの12000人ほど。メインストリートのハウプトシュトラッセ[Hauptstrasse(写真)]は、500メートルほど続く歩行者天国の商店街です。派手なお店があるわけではありませんが、Hauptstrasse周辺の街並みはかわいらしいの一言。

ワインの産地としても名高いこの町の労働力の多くは、越境通勤してくるハンガリー人によるものです。ハンガリーの地方都市ショプロン[Sopron]からわずか車で30分強、しかしペイはハンガリー平均の数倍ともなれば、ハンガリー人も喜んで働きに来るわけです。

元々ハンガリー領なので、今もハンガリー系住人は多く、店の看板にはハンガリー人名をよく見かけます。

このような小さい町が発展した背景には、ユダヤ人が影響します。エステルハーズィ家は領内にユダヤ人が定住することを認めました。そして、彼らからは通常の数倍もの税金を徴収したのです。それでも、定住地を求めていたユダヤ人にとっては、ありがたい話だったのでしょう。町には今もユダヤ人街が残り、この町から多くのラビ(ユダヤ教の指導者)が輩出されました。町にはユダヤ博物館やユダヤ人墓地もあります。

アイゼンシュタットと言えばハイドン!

アイゼンシュタットと言えばハイドン!

写真:小谷 雅緒

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「交響曲の父」フランツ・ヨーゼフ・ハイドン[Franz Joseph Haydn](1732-1809)は、オーストリアを代表する音楽家です。音楽家としての人生のほとんどをエステルハーズィ家に仕え、数多くの曲を残しています。

原則として宮廷使用人は、宮殿敷地内に住まうことになっていますが、ハイドンには宮殿近くに家が与えられ、自由な立場であったことがわかります。

エステルハーズィ家の拠点のひとつであったアイゼンシュタットのハイドンの家は、現在「ハイドンハウス(写真)」として公開されています。

Haydn-Haus Eisenstadt
Joseph Haydn-Gasse 19 & 21
7000 Eisenstadt
T +43(0)2682/719-6000
F +43(0)2682/719-6051

開館日時:3月下旬〜5月末 火〜土 9〜17時、日・祝 10〜17時
     6月〜11月上旬  月〜土 9〜17時、日・祝 10〜17時
入場料:4ユーロ

ハイドンが眠るベルク教会

ハイドンが眠るベルク教会

写真:小谷 雅緒

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ハイドンの良き理解者であったエステルハーズィ・ミクローシュ公爵の亡き後、次の当主はさほど音楽に感心がなく、ハイドンは解雇され、年金生活に入りました。

しかし、宮廷から離れ自由になったハイドンは、その後も精力的に創作活動し、地位と名声を高めました。その後、また次の当主が音楽に理解を示したため、再びエステルハーズィ家に呼び戻されます。

宮殿からも近いベルク教会(通称ハイドン教会、写真)は、エステルハーズィ家が建てた教会です。ここではかつてハイドンがミサのためにオルガン演奏もしています。

教会の北側のモダンな建物の中にハイドン霊廟があります。

Parish Oberberg Haydnplatz 1,
T +43(0)2682/626 38
F +43(0)2682/626 38-4
ハイドン霊廟見学:毎日9〜17時、2ユーロ

まだまだあるエステルハーズィとアイゼンシュタットの楽しみ方

ちなみに、今はオーストリアもハンガリーも貴族制度はありませんが、エステルハーズィ家の血は途絶えていません。また、エステルハーズィと言えば、ハンガリー発祥の有名なケーキの名前、あるいはワイナリーの名前と思いつく人もいるほど。

アイゼンシュタットの周りはブドウ畑だらけです。町中心部にもホイリゲ(※)があり、名産のワインを楽しむことができます。宮殿正面向かいにあるワインショップは、ブルゲンラント州産ワインのセレクトショップ。実は建物は宮殿の衛兵詰所でした。ほぼ地産地消のワインは手ごろな価格で購入ができ、バーも併設。宮殿を眺めながら、おいしい軽食と共にワインを楽しむこともできます。

※「ホイリゲ」については、本文下にリンクがある別記事をお読みください。

また、ハイドンホールではハイドン音楽祭をはじめ、ハイドン以外のクラシック音楽の催しもあります。歴史あるホールでの音楽鑑賞は、すばらしい旅の思い出になることでしょう。

アイゼンシュタットへの行き方:ウィーン中央駅よりバスまたは電車で約1時間。アイゼンシュタットのバス停は町の中心部にあり、駅は遠いため、バス利用がおすすめ。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/09/16 訪問

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