現在「クトナー・ホラのセドレツ納骨堂」が立つこの場所には、エルサレムのゴルゴダの丘の土が撒かれていたとの伝承があります。この伝承を聞きつけた多くのカトリック信者がここに埋葬されることを希望し、小さな街の墓地はその規模を拡げていきました。
14世紀のペスト大流行では、死者約3万人が教会の墓地に埋葬され、さらに15世紀には、激しい宗教上の戦い「フス戦争」の犠牲者数千から1万人もまたこの墓地に埋葬されたといいます。
こうして巨大化した墓地を縮小するため、墓地の中央に「セドレツ教会」を建て、墓地から掘り起こされた大量の人骨は教会地下の納骨堂へと納められることになったのです。
教会前の石畳の白いドクロマークに導かれて、小さな教会に足を踏み入れると、目の前に現れる骸骨が作りだす光景への驚きに、誰もが目を奪われてしまうでしょう。
納骨堂入り口のアーチや壁には、針金や糸でつなげられた骸骨がぶら下がっています。あまりにあっけらかんとした、そして雑な扱いを受ける骸骨の登場に、驚愕に続き当惑も感じずにはいられません。
このアーチを越えると次は、骸骨の山が迎えてくれます。人骨だと知ってはいても現実感を失うに十分な量。
金網で囲まれてはいますが、手を伸ばせば触れられそうな距離にあるだけに、ますます人骨という感覚が薄れます。
納骨堂で目を奪われるのは人骨の山だけではありません。納骨堂内の礼拝堂のいたる所が人骨で飾られているのです。
礼拝堂の壁を飾る紋章や花環、天井からぶら下がる納骨堂に不似合いなほど立派なシャンデリア、全てが人骨製。
シャンデリアの真下に立つ4本の小さな人骨製の尖塔の上では、ドクロを抱えた天使がラッパを吹いています。ここでの「生」と「死」は、こんなに近く混じり合うものなのです。
つい視線は骸骨たちに吸い寄せられますが、ここは礼拝堂。イエス・キリストの姿があり、花が捧げられています。
そんな礼拝堂の隅に刻まれた言葉「死を想え」とは、「いつか必ず訪れる死を忘れるな」というメッセージです。
多量の死(人骨)を目の当たりにするだけに、重く忘れられない言葉となるでしょう。
小さな町の小さな教会の納骨堂「クトナー・ホラのセドレツ納骨堂」。あまりの人骨数と現実感のない装飾に、教会を見学している間は驚きや戸惑いが先行しがちです。
しかし、地下納骨堂を後にして、明るい光の中で小さく地味な教会を振り向いてみた時、初めて生と死に対する畏怖の念が湧き上がってきます。
「骸骨教会」という名に、お化け屋敷的な関心を持つかもしれませんが、ここで体験するのは作りものではない、本物の死の世界です。
プラハを訪れた際には足を伸ばし、骸骨たちの無言の声に耳を傾けてみませんか?
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(2024/4/19更新)
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