写真:小林 理沙
地図を見るバレンシア市中心部に位置する「キリスト教カトリック教会」の大聖堂 (Catedral de Valencia)です。
ここは、歴代のローマ法王も何度も訪れています。
大聖堂の建築は1262年に始まり、18世紀になってやっと終わりました。5世紀にもわたり、建設されたため、それぞれ工事の年代別に、「ゴシック様式」、「ロマネスク様式」、「ルネサンス様式」、「バロック様式」、「ネオ・クラシック様式」と多様になっています。
写真:小林 理沙
地図を見る教会には「聖遺物」と呼ばれる聖人の遺品や遺骸が納められているものです。「聖杯」もそんな「聖遺物」のうちの一つです。しかしながら、「聖遺物」と拝められるのは、宝石を散りばめた下の部分ではなく、一見地味ですが、メノウで作られた上部の杯だけなんです。
メノウ製の杯を支えているのが、イスラム芸術の金工芸を駆使した台です。こちらは中世にできたものと考えられています。こんなに豪華なのに、「聖遺物」としての価値は全くありません!
1960年に発表された研究論文「バレンシア大聖堂の聖杯(El Santo Cáliz de la Catedral de Valencia)」によると、バレンシアの「聖杯」は、キリスト生誕50年から100年前にオリエントで作られた杯ということが分かっています。世界中にある「聖杯」候補の中では珍しく、バレンシアの「聖杯」は研究発表がされています。時代や場所などを考慮して、本物の聖杯である可能性が高い根拠となっています。
写真:小林 理沙
地図を見る写真は「聖杯」が置かれている部屋のステンドグラスです。ステンドグラスまで「聖杯」が描かれています!
さて、キリストが「最後の晩餐」に用いられたとされる「聖杯」は、その後、ローマの「聖ペドロ大聖堂」に運ばれ、ローマ法王シクストゥス2世の代まで納められていました。法王シクストゥス2世の執事ラウレンティウスにより、彼の故郷スペイン・ウエスカに運ばれました。これは、ローマ帝国皇帝ウァレリアヌスの迫害から逃れるための措置でした。3世紀の出来事です。こうして「聖杯」がスペインに来たのです。
イスラム教徒による侵略の間、713年以降ピレネー山脈地方に「聖杯」は隠されていました。その後、1399年にアラゴン王マルティン1世の所有となりました。マルティン1世亡き後、後継者となったアルフォンソ5世によって、バレンシアの宮殿でのナポリ王滞在をきっかけに「聖杯」が運ばれてきたのです。その際、「聖杯」が「バレンシア大聖堂」に移され、今日に至るまで保管されています。
写真:小林 理沙
地図を見る通称「ミケレット」と呼ばれる鐘楼「ミゲレテの塔」です。1418年9月29日の「大天使聖ミカエルの日」に鐘が祝福されました。その日にちなんだ「ミカエル」のバレンシア語名が塔の名前の由来となっています。
写真:小林 理沙
地図を見る50メートルの高さの塔には登ることができ、バレンシア市を展望できます。スペインの街灯はオレンジや黄色の暖色です。心をほぐしてくれる色の明かりを眺めるのも気持ちがいいものです!
「聖杯伝説」に関心のある方も、歴史的建築に興味のある方も、またヨーロッパの古い町並みが好きという方も楽しめる「バレンシア大聖堂」です。ぜひ、「聖杯」が収められている聖堂内にある博物館を訪れた後、「ミゲレテの塔」に登ってバレンシアの町並みを眺めてみてください!
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この記事を書いたナビゲーター
小林 理沙
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(2025/1/18更新)
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