世界遺産のベルリン博物館島のペルガモン博物館に行こう

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世界遺産のベルリン博物館島のペルガモン博物館に行こう

世界遺産のベルリン博物館島のペルガモン博物館に行こう

更新日:2015/01/08 15:04

増田 直美のプロフィール写真 増田 直美 ライター、翻訳家

ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)は世界遺産に登録されており、ベルリンの北東シュプレー川沿いにある観光スポットで、ボーデ博物館など5つの博物館からなる島です。この中でイスラム文化と西アジア文化を主に展示しているペルガモン博物館をご紹介いたします。

訪問の準備

訪問の準備

写真:増田 直美

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開館時間: 木曜は10時から20時まで、その他の曜日は毎日10時から18時まで開館しています。基本的に休館日はありませんが、ドイツの祝日で閉まる日があります。事前にホームページで確認しましょう。(記事下部【MEMO】を御参照ください)

料金: 窓口では、大人は12ユーロで14歳までの子供は無料です。学生の方は割引が受けられますので学生証を提示しましょう。事前にオンラインで予約すれば、11ユーロです。日付と時間を指定する入場券になります。かなり混みますので、時間指定を是非お勧めいたします。

ベルリン訪問の際には、色々な特典が一緒になった様々なカードが販売されています。記事下部【MEMO】のBerlin Visit CardとBerlin Museum Cardのリンクを御参照ください。訪問の目的によって最適のカードを購入されるとよろしいでしょう。

館内: 入館してすぐ上着を預けることが出来ます。ロッカーは1ユーロで使えます。無料でオーディオガイドが借りられますので、日本語でというとセットしてくれます。その他は、トイレと喫茶店にお土産屋さんがあります。

最寄りの駅: Hackescher Markt(電車)から行くのが最も近く分かり易いでしょう。宿泊される場所によって、バスで一本で行けるかもしれません。ベルリンは電車、地下鉄、バスと公共交通機関網がよく整備されているので、大きな心配なく目的地に到着できます。

館内案内: ペルガモン美術館は3階建てです。一階が入り口やロッカーになります。
2階に上がると、西アジア文化に関連して展示されています。
3階はイスラム文化になります。

ドイツでは日本の一階は0若しくはE、2階は1階と表示されていますので、ご注意ください。

イシュタール門

イシュタール門

写真:増田 直美

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ペルガモン博物館というと代表展示物のごとく登場するのがこのイシュタール門です。入館してすぐ2階に上がると右側にそびえ立っています。

イシュタールはバビロニア王国の首都バビロンにあり、現在の中央イラクに位置します。新バビロン王国のネブカドネザル2世によって建てられました。バビロンの都市神であるマルドゥクへの敬意の意味で作られたと言われています。

バビロンの城壁にはイシュタールの他に4つの門がありました。この中でイシュタールが最も豪華絢爛に飾られていたと言われています。

描かれた獅子はイシュタール女神の象徴です。イシュタール女神はメソポタミアの女神で、空と戦争と性の守護女神であったとされています。

描かれているその他の生き物では、爬虫類に似た混成獣もしくは合成獣は、マルドゥクであると理解されています。

ミレトスの門

ミレトスの門

写真:増田 直美

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ミレトスは現在のトルコに存在したギリシャの植民地であった町です。紀元前3000年頃から植民が始まったであろうとされています。

門の楕円形の形やプロピュライアの様式はギリシャ時代の影響で、舞台開口部のプロセニアムの様式はローマ時代の影響を持ち、ヘレニズムの建築様式を代表しています。現在までの調査によると、ミトレスの門は城壁であったと考えられています。

長い歴史の間にミトレスは、ローマ帝国、ビザンチン王国そしてオスマントルコなど様々な国々に支配されてきました。1973年に初めての古代文化調査が開始され、ペルガモン博物館に展示されているのは1909年に発掘されたものです。220年ごろに作られたものであったと考えられています。第二次大戦中には爆撃により破壊しましたが、その後何度か修理され今に至っています。

ムシャッタ宮殿

ムシャッタ宮殿

写真:増田 直美

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展示されている外壁は、砂漠にあったムシャッタ宮殿のものです。西暦743年から744年のウマイア朝時代に建てられました。現在のヨルダンの首都アンマンに位置します。

素材は彫石灰岩で、高さは507cm、幅は3300cmです。城壁は144mあったとされていますから、これはそのごく一部です。

彫刻の特徴は、模様の変化です。
左側の三角模様の中には、鳥や獅子といった動物や、ケンタウルスのような半人半獣の生き物が描かれています。右側はそれに対して、ブドウの葉やツルだけが描かれています。理由は、右側の城壁の裏にはモスクがあり、イスラム教では根本の偶像崇拝禁止の教えから動物の彫刻はされなかったと解釈されています。

ムシャッタ宮殿は11代カリフのワリード2世によって建て始められたと考えられています。完成する前に地震により崩壊しました。

1840年プロイセンのウィルヘルム2世の配慮によって宮殿を文化遺産として保護しようという働きかけがあり、1903年にオスマン帝国のスルタンからベルリンに寄贈されました。こうしてムシャッタ宮殿の外壁の一部がペルガモン博物館にて展示されることになりました。

シャムシ・アダド5世の石棺

シャムシ・アダド5世の石棺

写真:増田 直美

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シャムシ・アダド5世は、紀元前約800年代に君臨した新アッシリア王国の王です。

彼に関しては文献に多くは記されていません。バビロンの空中庭園を作らせたセミラミスが王妃であったということで名が知られています。

石棺はアッシリアの宮殿の東南で発見され、素材は玄武岩プレート若しくは煉瓦で出来ています。非常に頑丈で重量は20トン程もあります。

シュメール語の文献には、死後について詳しく記されています。
ウリムの歴代の王が戦争で亡くなった際には、故人に対しての尊厳を示す意味で遺体を7日間保管します。葬儀が済んだ後、故人の死後の世界への旅立ちが始まります。7つの門を通り、目的地に到着するとそこで待っている神や女神へ手土産を振る舞わなければいけません。
こういった発想から、死者の葬儀と棺には故人に関係のある装飾物や衣類が使用されました。

日本の古事記でも死者が住む世界とされる黄泉國(よみのくに)というものがあるように、死後の世界という発想は日本でも一般的ですので、こんなところで日本との共通点が見られ興味深いですね。

最後に

いかがでしたか。日本人には馴染みの少ない西アジアやイスラム文化ですが、こうして一つ一つの展示物を調べていくと、日本の古代史同様色々と新たな発見があります。

国や宗教は違っても、誰でも死に対して恐れを持ち、永遠の生を願っていたことがお分かりになるかと思います。

博物館島を一日で全部観覧するのは難しいので、2、3日に分けて計画、若しくはターゲットを絞って計画なさることをお勧めいたします。

ペルガモン博物館内では写真の撮影は許可されていますが、フラッシュを切りましょう。ベルリンの博物館や美術館では私用であっても写真撮影が禁じられているところがあります。入館の際に必ず確認しましょう。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/12/27−2014/12/28 訪問

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