信州塩田平とその周辺の歴史散策 個性派ぞろいの三重塔をまとめて訪問

信州塩田平とその周辺の歴史散策 個性派ぞろいの三重塔をまとめて訪問

更新日:2015/02/05 10:38

長野県上田市にある別所温泉周辺の塩田平は「信州の鎌倉」ともよばれ、古い社寺が多く文化財も豊富。特に重要なのは国宝の安楽寺三重塔ですが、塩田平には重文の三重塔がもう1基あります。さらに、別所温泉の北側の山をこえたところの青木村には国宝の大法寺三重塔。これらの塔は一風変わった特徴をもつ個性派の三重塔なんです。まとめて訪れることで、それぞれの特徴がよくわかり、より深い古建築鑑賞が楽しめますよ。

安楽寺三重塔は現存唯一の八角塔

安楽寺三重塔は現存唯一の八角塔
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まずは安楽寺へ。安楽寺三重塔は平面が八角形という非常に珍しい塔で、国宝に指定されています。八角塔は中国など大陸にはいくつかあるのですが、日本ではほとんどありません。古建築としての八角塔はこの塔が国内現存唯一という大変貴重なものです。ちなみに、三重塔でなく四重塔ではないかと思う人もいるかもしれませんが、一番下の屋根は「裳階(もこし)」とよばれる附属的な庇なので、これを除いて三重と数えて下さい(奈良の薬師寺東塔が六重塔にみえて三重塔というのと同じです)。さて、貴重なのは八角塔であることだけではなく、建築様式と建立年代もまた重要です。

この塔の建築様式は「禅宗様」または「唐様」とよばれます。鎌倉時代に曹洞宗や臨済宗といった禅宗が興りますが、この過程で重要なのが宋のお坊さん達との交流でした。その結果、寺院建築に宋の様式が取り入れられていきます。こうしてできた様式が禅宗寺院に用いられたということで、この様式を「禅宗様」とよびます。ところで、「仏塔」というのはもともとは舎利(お釈迦様の遺骨)を安置する施設なので、禅の修行をする寺院では塔を建てる必要はなかったんです。そのため純粋な禅宗様の塔というのも非常に珍しく、この点においても現存唯一です。禅宗様の特徴を簡単に述べておくと、粽(ちまき。柱上端が細い)、詰組(つめぐみ。柱上だけでなく、その間にも組物をおく)、扇垂木(おうぎだるき。垂木を平行でなく扇のように放射状に配する)等といった手法を用いる点になります。禅宗様仏殿としては東京都東村山市にある正福寺地蔵堂が有名なので、訪問前後に訪れるとより楽しめると思います。

もう一つ大事なのは、この塔の建立年代です。部材の年輪を調べたところ、正応2 (1289)年に伐採された木材を使用したことが明らかになっていて、鎌倉後期の建立であることが明らかになっています。これも重要な点で、実は禅宗様建築として最古級なんです。禅宗様の様式が確立したのが鎌倉後期ですが、この頃の禅宗様仏殿はほとんどが現存していません。現存しているものも省略の多い形式だったり、後世の補修が著しかったりで、禅宗様の成立過程には謎が多いんです。というわけで、この塔は美しいだけでなく、いろんな意味で貴重な塔なのです。

未完成の完成塔とよばれる前山寺三重塔

未完成の完成塔とよばれる前山寺三重塔
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塩田平のもう一つの三重塔は前山寺という寺院にあります。別所温泉からは少し離れているので、車やバスをご利用下さい。室町時代に建てられたとされる三重塔で、重要文化財の指定を受けています。安楽寺三重塔は特殊なので、このあとに載せる大法寺三重塔と比較して見て下さい。なんだかすっきりした塔と感じるのではないでしょうか。塔は人が登る建築ではないのですが、飾りの手すり(寺院建築では「勾欄」とよばれます)を付けるのが通例ですが、そんなものはなく、胴貫が突き出ただけです。壁面は窓もなくただの板張り。実はこの塔、未完の塔なんです。未完だからこそ、すっきりしてかえって美しいと古建築ファンの間でも人気の塔で、「未完の完成塔」ともよばれています。

未完の塔というのは全国的に珍しく、当時の建立過程を知る資料としても貴重です。完成していない塔としては大阪府河内長野市にある観心寺建掛塔というのも有名で、初層のみで層塔としての形状をなしていない建築です。三重塔の形状で未完というのは全国でもこの塔が唯一です。

去り際につい振り返ってしまうほどに美しい大法寺三重塔

去り際につい振り返ってしまうほどに美しい大法寺三重塔
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別所温泉の北側の丘陵をこえると青木村。この青木村の北側の丘陵に大法寺という寺院があり、ここにも国宝の三重塔があります。安楽寺三重塔からは直線距離で約3.5 km。国宝の三重塔間の距離としては、当麻寺にある2基間の距離に次ぐ近さです(山をはさむので移動時間はそれなりにかかりますが)。様式は標準的な和様なので、禅宗様の安楽寺三重塔とは対照的です。均整のとれた美しい塔で、去り際につい振り返って見てしまうということで、「見返りの塔」ともよばれます。建立年は正慶2 (1333)年。

さて、本記事で紹介する三重塔は個性派ぞろいだということを先に述べていますが、この塔については美しい塔ではあるものの一見すると標準的な塔に見えます。実は、均整のとれた姿態を実現するために、珍しい工夫をこらしているんです。

大法寺三重塔の美の秘訣は初層の簡略化にあり!?

大法寺三重塔の美の秘訣は初層の簡略化にあり!?
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社寺建築では深い軒の出を実現するために、組物を組むことで軒桁となる丸桁(がぎょう)を外側に送ります。組物の中の水平の構造材を肘木(ひじき)といいますが、壁面から直角に肘木を出し、その先端上方に壁面に平行な肘木をおくというのが、組物の基本的な構造です。これを重ねることで軒を支える丸桁を外側に出すのですが、この重ねる段数を、一手、二手と数えます。通常、塔では三手出す「三手先(みてさき)」の組物を用います。安楽寺三重塔も前山寺三重塔も三手先ですね。大法寺三重塔ではどうかというと、二層目と三層目は三手先ですが、初層は一手少ない二手先(ふたてさき)です。手先の数は、建物の格式にも関わってくるので、塔では二手先より格式の高い三手先を使いたいところですが、この塔ではあえて二手先にして、その分、柱間を広くすることで、全体のバランスのよさを実現しています。

実はこの初層の手先を減らす手法が非常に珍しいんです。他には奈良の興福寺三重塔があるのみで、興福寺三重塔では初層を一手だけ出した「出組」が用いられています。余談ですが、奈良の興福寺といえば五重塔が有名ですが、三重塔もあるんです。これも貴重な国宝建築なので、ぜひご覧ください。

最後に

信州の貴重な三重塔3基を紹介してみました。専門的な言葉も使ってしまったので、ちょっと一般の方には難しかったかもしれませんが、古建築の美は感じられると思います。現地で見てきれいだと感じたときに、ただ美しいだけでなく歴史的にも貴重であることも思い出していただけたら幸いです。

せっかくなんで、あわせて訪れてほしい3件の重要文化財の建造物も紹介します。

【中禅寺薬師堂】
茅葺のお堂です。様式から鎌倉初期の建立とされ、長野県では最古の建築です。前山寺から比較的近くです。

【常楽寺多宝塔】
「建造物」の分類で重要文化財の指定を受けていますが、むしろ美術工芸のような文化財で、石でできた多宝塔です。木造の多宝塔は多く建てられていますが、石造の多宝塔は非常に珍しく、重文指定を受けるものは他に滋賀県湖南市のの廃少菩提寺多宝塔があるのみです。常楽寺多宝塔は弘長2 (1262)年の奉納したという銘がある鎌倉時代のもの(ただし銘は製作当時のものでないともいわれます)。高さ2.75 mの小さな塔ですが、全体のバランスがよく、細部まで丁寧に造られたきれいな石塔です。別所温泉の近くで、安楽寺からも近いです。

【国分寺三重塔】
塩田平からちょっと離れますが、同じ上田市内です。国分寺というのは奈良時代に聖武天皇によって各地にたてられたお寺ですが、信濃国では現在の上田市につくられました。国分寺跡の遺跡は史跡公園として整備され、資料館も併設されています。現在の国分寺は遺跡の位置から少しずれたところにあって、室町中期建立の三重塔があります。本記事で紹介した3基の三重塔に比べると標準的な造りなので、いろいろ比較してみると理解が深まると思います。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/11/23 訪問

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