山口・湯田温泉の老舗中の老舗!「湯別当野原」は殿様の湯?!

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山口・湯田温泉の老舗中の老舗!「湯別当野原」は殿様の湯?!

山口・湯田温泉の老舗中の老舗!「湯別当野原」は殿様の湯?!

更新日:2015/02/06 12:32

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

西の京と言われた山口市から近く、繁華街に湧く歴史のある温泉街、湯田温泉。室町時代には湯宿がすでにあり栄えていました。その温泉を取り締まっていたのが「湯別当野原」。今は、協同組合が温泉の管理をしていますが、その昔は野原家が任されていました。湯田温泉と言えば、白狐が見つけた温泉として有名で、湯田温泉駅では大きな白狐のモニュメント「ゆう太」も見守ってくれています。お殿様も愛した温泉で、殿様気分はいかが?

毛利家の家紋が!お殿様が入った温泉へ♪

毛利家の家紋が!お殿様が入った温泉へ♪

写真:村井 マヤ

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湯田温泉はアルカリ性単純温泉で、肌によく馴染むやわらかい湯が特徴です。

神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、ぢ疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進に効能があるため、昔から多くの人々に親しまれ、そして愛されてきました。
しかし、一番の特徴は豊富な湯量、1日になんと2,000トンもの天然温泉が湧き出ているのです。

また、温泉の熱源には「火山性」と「非火山性」がありますが、非火山性の源泉の場合は42℃を超えない場合がほとんど。しかし、湯田温泉は非火山性でありながらも70℃を超えており、県内の温泉の中では最も高い値を誇っています。

山口大学大学院の研究結果によると、湯田温泉の一帯には、活断層の活動で生じた地溝帯などに広範囲の地下水が活断層に沿って流れ込んでおり、集中した地下水がひび割れが多い貫入岩を通ってさらに深い場所にある熱源で温められた後、再び地表近くに上昇しているそうです。それが、豊富な湯量と高い温度の秘密なのかもしれませんね。

写真は、湯田温泉で最初の宿と言われ、永正元(1505)年創業の「湯別当野原」です。

湯別当って役職名?・・お湯の管理者だった

湯別当って役職名?・・お湯の管理者だった

写真:村井 マヤ

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湯別当という名前自体が、その役職を示しています。「別当」というのは、一般的には、長官といったところで、その役所の管理をしたり統括するのがその役割だったようです。
「湯別当」とは、温泉地内の温泉宿や湯屋から入場に係る「税」を取りまとめる役職を意味し、現在も屋号として使用されています。

山口県が周防と呼ばれていた室町時代には、守護大名大内氏の支配下にあった湯田温泉周辺。そのころ野原家は、最初の温泉宿を営業していました。大内氏の殿湯として栄え、「本鍵」「裏鍵」の湯名もこのころ頂いたそうです。江戸時代になると周防は萩・毛利家の支配下になります。野原湯は、毛利公の御用湯治場としてその後も栄えました。

野原家には、湯田温泉が湧き出た時に出てきた薬師如来像も大切に保管されています(現在本物の如来像は野原家本家に大切に保管されていて、20年に一度御開帳されるそうです)。

「湯別当野原」に行かれましたら、ロビーに本来の薬師如来像から御霊分けされた仏像様が安置されています。昔は、この如来像に手を合わせてから温泉に入り、ご利益を得たと言われています。

写真は、宿に飾られている往時の「湯田温泉野原湯」の様子を描いた絵です。昔は、薬師如来に願掛けをして温泉に入ったそうですよ。

往時をしのぶ庭園も・・

往時をしのぶ庭園も・・

写真:村井 マヤ

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大内氏から毛利氏など時の権力者に愛された湯田温泉の湯。
お殿様の湯が「本鍵」、そしてその奥方の湯が「裏鍵」と言われていました。湯別当野原に行かれましたら、お風呂の入口上部の木製の板に書かれた「本鍵」や「裏鍵」の文字を見つけられることでしょう。もちろんお風呂は、昭和初期の物ですが、「本鍵」「裏鍵」という名前だけを現在も受け継いでいます。

写真は、お部屋から撮影した現在の「湯別当野原」のお庭です。宿の温泉に行く廊下には、古い写真などが展示されています。お庭をバックに撮影された写真なども飾られて、昔の賑わいが伺えます。建物などは年季が入っていますが、歴史を刻んだ宿はなんとも風情がありいいものですよ。

源泉かけ流し、とろ〜り・つるつるの美肌の湯

源泉かけ流し、とろ〜り・つるつるの美肌の湯

写真:村井 マヤ

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湯田温泉の特徴は、pH9.14のアルカリ性温泉。いわゆる美人の湯なんです。
湯田温泉に来られたら、まずそのお湯のつるつる感に驚かれるはずです。つるつるを通り越して、とろ〜りといった感じでしょうか?湯別当野原は、立ち寄り湯としてもご利用になれます。詳しくは、下記MEMO「湯別当野原公式HP」をご覧くださいね。
宿泊する時間のない方でも、このとろ〜り美肌の湯を楽しんで下さい。
温泉は男女入れ替え制です。宿泊されたら、夜と朝で別々の湯を楽しめます。

写真は薬師の湯・露天風呂です。

宿の周囲には、幕末の史跡も点在!

宿の周囲には、幕末の史跡も点在!

写真:村井 マヤ

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湯別当野原のすぐ側に、幕末の志士ゆかりの史跡も多く残っています。湯田温泉にお泊りの際には、史跡めぐりをされても楽しいでしょう。
写真は、「史跡 御茶屋臨野堂跡」です。萩にお城を構えていた長州藩の毛利家は、山口に客館、湯田温泉には御茶屋を設けていました。御茶屋は、藩主の休息所であり他藩からの来客の接待所でもありました。幕末には、勤王の志士たちの密議の場所として利用されたようです。現在は、「磯くら」という居酒屋になっています。お食事を楽しまれてもいいでしょう。

また、その斜向かいには「史跡かわらや(瓦屋)」もあります。こちらも維新の史跡で、幕末から明治初期にかけ木戸孝允などの維新の志士たちが利用した旅館でした。この旅館の娘さんは、のちに日本大学創設をした、松陰門下生で「日本の小ナポレオン」とも言われた政治家で軍人の山田顕義の妻になった人です。

今は静かな温泉街も、明治維新で活躍した志士たちが夢や理想を語った町だったと思うと不思議ですよね。

湯田温泉でゆったり殿様気分♪

湯田温泉を拠点に、山口市観光をされても良いでしょうね。また湯田温泉では足湯巡りはもちろん、中原中也や種田山頭火ゆかりの場所もあり文学散策も楽しめますよ。足湯については下記MEMOたびねす記事をご覧ください。

毛利のお殿様が入った温泉「湯田温泉」でたっぷり殿様気分を味わいましょうね・・。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/01/18 訪問

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