しだれ梅と椿まつり!京都・城南宮『梅が枝 巫女神楽』も必見!

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しだれ梅と椿まつり!京都・城南宮『梅が枝 巫女神楽』も必見!

しだれ梅と椿まつり!京都・城南宮『梅が枝 巫女神楽』も必見!

更新日:2015/02/02 11:12

高橋 樂のプロフィール写真 高橋 樂 旅行ブロガー

城南宮のある鳥羽は、平安末期、白河法皇から数代にわたり政治の中心だった場所。どんな病も治すと言われた名水「菊水若水」が湧き出ています。広大な日本庭園を有し、時代別に趣の異なる庭園を見ることができます。2〜3月には、ピンクに染まり梅の香が漂う「春の山」にて「しだれ梅と椿まつり」が開催され、「梅が枝 巫女神楽」で花守りを求めると、清らかな音の神楽鈴でお祓いしてもらえますよ。女子力アップできるかも!

『菊水若水』は伏見の名水・『方除』にもご利益

『菊水若水』は伏見の名水・『方除』にもご利益

写真:高橋 樂

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京都伏見・鳥羽の城南宮は、平安遷都の際に、国土の安泰と都の守護を願い造られました。都の南に祀られたお宮であることから、城南宮と言われています。京阪電車・墨染駅から徒歩20分、地下鉄竹田駅から徒歩10分です。

鳥居の前には、「伏見の名水」にも選ばれた「菊水若水」が湧き出ている手水屋があります。伏見は、名水が沢山湧き出ている地域で、名水スタンプラリーなども行われています。
霊験あらたかで、あらゆる病気が治ると評判になり江戸時代には参詣者が絶えませんでした。また、東大寺のお水取りの香水は、若狭からこちらを通り、二月堂まで続いていると言われています。

またこちらは、平安時代末期に天皇や貴族達の間で一大ブームになった、「熊野詣」の出発地点でもありました。
時の権力者、白河上皇や鳥羽上皇は、出立前にこちらで7日程籠って精進潔斎し、無事を祈願してから出立しました。往復1ヶ月に及ぶ信仰の旅です。現代人には想像もつかない篤い信仰心に驚かされますが、熾烈な権力闘争の中で生きていく為には、不可欠な心の拠り所だったのでしょう。

また、当時「方違え※」の宿所に城南離宮が選ばれる事も多かったため、城南宮は、方角の災いを除く「方除」「旅行安全」にもご利益があるとされています。
※方違えとは、外出や大事の際、方角の吉凶を占い、凶だと一旦別の方向に出かけて、目的地が悪い方角にならないようにすること(平安時代の貴族の風習)。

しだれ梅と椿まつり

しだれ梅と椿まつり

写真:高橋 樂

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城南宮には広大な神苑(庭園)、「春の山」「平安の庭」「室町の庭」「桃山の庭」「城南離宮の庭」があり、源氏物語にちなんだ百余りの植物が植えられ「源氏物語花の庭」と呼ばれています。
時代毎の庭の違いに目を向けると、当時の人の精神性も透けて見えてきます。じっくり回ると興味深い発見がありますよ。

中でも、梅と椿が美しい2月中旬〜3月中旬は「春の山」がお勧めです。約1ヶ月間こちらでは「しだれ梅と椿まつり」が行われます。150本余りのしだれ梅、300本もの椿が咲き誇り、築山は一面ピンク、まさに「雅」の世界です。梅のほのかで上品優美な香りに包まれると、一瞬、平安貴族の世界へとトリップしてしまうかもしれません。

梅や椿も美しいですが、馬酔木も見頃ですよ。神職による案内もありますのでご利用ください。

■基本情報
・拝観時間 9:00〜16:30
・拝観料  大人600円

梅が枝 巫女神楽

梅が枝 巫女神楽

写真:高橋 樂

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梅の季節、毎日午前10時より、神楽殿にて「梅が枝 巫女神楽」が斎行されます。折角なので早起きしてぜひご拝観(無料)ください。
拝観場所は神楽殿の前のスペースで、立って自由に拝観するという感じです。
優しくも神々しい舞を見、鈴の音に耳を傾けていると、心がすーっつと穏やかになり、心も身体も浄められている感じがしますよ。

また、花守り(初穂料1,000円)を申し込むと、神楽の後、巫女による神楽鈴でのお祓いを受けることができます。「花守り」という愛らしいネーミングが何とも乙女心をくすぐります。お浄めを受けて女子力アップに期待大ですね!

伏見稲荷など、神楽は撮影禁止のところが多いですが、こちらはOKです。

平安の雅「曲水の宴」

平安の雅「曲水の宴」

写真:高橋 樂

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「平安の庭」は、毎年4月29日と11月3日に開催される「曲水の宴」が有名です。

ゆるやかに曲がりながら流れる遣水(小川)の岸辺に、平安貴族の装束を身にまとった7名の歌人が間隔をあけて座り、歌を詠む宴です。まずは童子が川上で盃にお神酒を注ぎ、台に載せて流します。琴の音が響く中、歌人はその日のお題にちなんだ歌を詠み、短冊にしたため、前に流れ来た盃を頂くというものです。合間には白拍子の舞が披露され、平安の雅を存分に堪能することができます。

「曲水の宴」の起源は、中国古代です。書道を習う人なら誰もが手本とする「蘭亭序※」の文章にも出てきます。その後「曲水の宴」は日本にも伝わり、優雅な宮中行事として行われたこともありました。
※「蘭亭序」とは、永和9年(西暦353)に書聖・王羲之が主催した「曲水の宴」で、皆が詠んだ漢詩に寄せた序文。

大変優雅に見える宴ですが、即興で歌を詠むわけですから、幅広い知識と教養が試される場でもあります。
「野心みなぎるライバルたちの前で、決して下手な歌は詠めない」
貴族達は涼しい顔をしつつ、裏では静かに激しいしのぎを削っていたのかもしれません。

白河法皇の院政の地・鳥羽

白河法皇の院政の地・鳥羽

写真:高橋 樂

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平安時代、鳥羽の地は、都の表玄関、且つ、鴨川と桂川を臨む景勝地とあって、貴族の別荘が沢山造られました。平安後期(11世紀後半〜12世紀前半)、時の権力者、白河上皇(法皇)はこの地に鳥羽殿(城南離宮、鳥羽離宮)と呼ばれる御所を造り院政を始めました。その後、白河・鳥羽・後白河・後鳥羽上皇と4代150年にわたり政治と文化の中心として栄えました。

写真の石標の場所は、城南宮から北東へ徒歩約10分。界隈には白河法皇陵、鳥羽法皇陵、近衛天皇陵、西行寺址など、同時代の史跡が沢山ありますので歴史ファンにはお勧めです。

ちなみに、白河上皇は、最初から権力者だったわけではありません。なぜなら、一時代前、栄耀栄華を誇ったのは藤原摂関家一族であり、天皇家は政治の実権から遠のいていたからです。しかし、次第に藤原一族は凋落。それを好機に白河上皇は実権を握り、幼帝をサポートする建前で専制的な政治を行いました。しかし!その間、着々と力を蓄えていたのが、重用した平家や源氏の武家の近臣たち。

そういう歴史の流れの中で、次に台頭するのは武士、平清盛率いる平家です。
一説によると、白河法皇は平清盛の父ではないかと言われています。清盛の母とされる祇園女御(もしくは妹)は、元は白河法皇に仕えており、後に清盛の父・平忠盛に下賜されたのだとか。そういわけで清盛の白河法皇ご落胤説も根強いのですが、真相は遠い歴史の闇の中。でも、もしこの話が本当だったとしたらと思うと、色んな想像が膨らみますね。実際この説を基にした小説やドラマも多数ありますよ。

まとめ

時代別に趣の異なる5つの日本庭園を有する京都伏見・鳥羽の城南宮。平安遷都の際、都の守護のために造られました。伏見の名水「菊水若水」が湧き出ていることでも有名です。

中でも2〜3月「春の山」で行われる「しだれ梅と椿まつり」はとても素敵。ピンクに染まった築山、上品な梅の香、咲き誇る椿の美しさにうっとりします。また、神楽殿で行われる「梅が枝 巫女神楽」も是非ご拝観ください。その際、花守りを申し込むと神楽鈴を鳴らしながらお浄めしてもらえます。
他には、「平安の庭」で春と秋の2回「曲水の宴」が行われます。平安装束を着て小川に盃を流して歌を詠むという雅な歌会です。

また、城南宮周辺、北東に徒歩約10分の場所には、平安時代末期に政治の中心となった鳥羽殿の跡があり、この地で院政を敷いた白河法皇や、その次の世代の鳥羽法皇、近衛天皇などの御陵が集中していますので、歴史ファンの方は必見です。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2014/03/22 訪問

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