奈良に北京!?関西有数の難読地名「京終」は奈良の南の玄関口

奈良に北京!?関西有数の難読地名「京終」は奈良の南の玄関口

更新日:2022/08/11 14:14

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
「ならまち」といえば、歴史的な町並みが残る奈良市の旧市街地のこと。現在、「ならまち」の北方は「きたまち」と呼ばれ、新たな観光名所となっています。では、奈良町の南方は?そこには「京終」と呼ばれる地域が広がっており、かつては奈良の南の玄関口として賑わっていました。しかし、この「京終」、いったい何と読むのでしょうか!?今回は関西有数の難読地名「京終」界隈を散策し、当地の秘められた歴史に触れてみましょう。

ペキンオワリマチ!?バス停留所「北京終町」

ペキンオワリマチ!?バス停留所「北京終町」

写真:乾口 達司

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「京終」の読み方は「キョウバテ」。その名のとおり、京(平城京)の果て(終わるところ)という意味に由来します。行政上、現在は複数の町に分割されており、それにもとづき、バスの停留所にもそれぞれの町名がつけられています。

「北京終町」の名がついたご覧のバス停留所もその一つ。京終が「キョウバテ」ですから「北京終町」の読み方ももうおわかりでしょう。正解は「キタキョウバテチョウ」。しかし、「京終」の読み方を知らない人は「ペキンオワリマチ」と読んでしまいがち。同様に北京終町の南方にある南京終町は「ナンキンオワリマチ」ではありません!

付近にはほかにも、「京終地方西側町」や「京終地方東側町」といった町名も存在します。これらもそれぞれ「キョウバテジカタニシガワチョウ」「キョウバテジカタヒガシガワチョウ」。「京終」だけでも難易度が高いのにこちらはそれを上回る強敵ですね。

<バス停留所「北京終町」の基本情報>
住所:奈良県奈良市北京終町
アクセス:JR京終駅より徒歩約5分

京終の歴史を見守ってきた飛鳥神社と阿弥陀三尊石仏

京終の歴史を見守ってきた飛鳥神社と阿弥陀三尊石仏

写真:乾口 達司

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北京終町の一角にたたずむのは「飛鳥神社」(京終天神社)。その名のとおり、もとは飛鳥(現在の奈良県明日香村)の地に鎮座していました。都が飛鳥から奈良へと遷るにともなって左京四条の地に遷り、国家鎮護の社と位置づけられました。現在の地に遷されたのは1369年(応安2)。本殿は春日大社の末社・水谷神社の本殿を移築したものと伝えられています。

拝殿の脇にはおみくじ機が置かれており、その料金はいまどき珍しく何と10円!飛鳥神社に参拝したら、ぜひ、10円おみくじを引きましょう。

<飛鳥神社の基本情報>
住所:奈良県奈良市北京終町45
アクセス:JR京終駅より徒歩約5分

京終の歴史を見守ってきた飛鳥神社と阿弥陀三尊石仏

写真:乾口 達司

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飛鳥神社の近くに位置する京終地蔵院には、ご覧のような阿弥陀三尊石仏が立っています。像高は175センチメートル、幅102センチメートル。大きな船型光背を背にして立っておられます。鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての作と考えられており、もとは当地より南西にあった辻堂にまつられていました。造形的にも優れており、京終屈指の石仏といえるでしょう。

京終の歴史を見つめてきた仏さまゆえ、京終散策の折にはお参りしましょう。

<京終地蔵院の基本情報>
住所:奈良県奈良市北京終町6
アクセス:JR京終駅より徒歩約3分

駅舎のリニューアル工事が完了したJR京終駅

駅舎のリニューアル工事が完了したJR京終駅

写真:乾口 達司

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京終地区の最寄り駅は「JR京終駅」。「万葉まほろば線」の愛称で知られるJR桜井線の駅の一つで、1898(明治31)、当時の奈良鉄道が桜井駅以北の路線を敷設した折、その終着駅として設けられたことにはじまります。

写真は京終駅の木造平屋造の駅舎。とても明治時代の駅舎のようには見えませんよね。それもそのはず、開業以来、使われてきた駅舎は、2017年(平成29)、JR西日本より奈良市に無償譲渡され、それを機にリニューアル工事がおこなわれたのです。工事がすべて完了したのは2019年(平成31)のこと。

京終駅は駅員の配置されていない小さな無人駅ですが、奈良の南の玄関口として、現在も多くの市民に利用されています。

駅舎のリニューアル工事が完了したJR京終駅

写真:乾口 達司

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リニューアル工事により、かつての駅務室は喫茶店兼観光案内所となりました。乗客の待合室もリニューアルされており、かつての京終駅をしのぶパネル展示や資料の配布もおこなわれています。

真ん中にある黒い物体は何だと思いますか?これはピアノ。時間帯によっては、誰でも自由にピアノを弾くことができるのです。駅舎に響くピアノの音色。素敵だと思いませんか?

駅舎のリニューアル工事が完了したJR京終駅

写真:乾口 達司

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京終駅を訪れると、小さな無人駅にもかかわらず、駅舎の前のロータリーやその南側のJR西日本管轄区域など、想像していたよりもはるかに広々とした空間が広がっていることにお気づきになるはず。これこそ京終駅がかつて奈良の南の玄関口であったことの証です。

京終駅が奈良鉄道の終着駅であった頃、県の中南地域から運搬されてきた物資は京終駅で荷下ろしされ、市街地へと運ばれていました。現在まで残る広いな空間はそんな物資の荷下ろしや保管に必要だったわけですね。駅舎の横に貨物列車用の引込み線が残されている点にも、当時の賑わいがしのばれます。

<JR京終駅の基本情報>
住所:奈良県奈良市南京終町
アクセス:JR奈良駅より電車で約3分

「上ツ道」に残る恐ろし気な「肘塚」

「上ツ道」に残る恐ろし気な「肘塚」

写真:乾口 達司

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平城京の南東の端に位置する京終からは南に向って古代の官道がのびていました。「上ツ道(かみつみち)」です。平安遷都以降は大神神社や長谷寺、伊勢神宮へと続く信仰の道として機能し、多くの巡礼者でにぎわいました。

ご覧のように、現在も街道筋には空海が植えたとされる御神木(現在は3代目)がまつられた椚神社が残されています。ほかにも、文政年間に建立された大きな石燈籠が残り、京終界隈の豊かな歴史が感じられます。

「上ツ道」に残る恐ろし気な「肘塚」

写真:乾口 達司

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椚神社のあたりに立つ電柱には「カイノツカ」と表示されたプレートを見ることができます。「カイノツカ」とは「肘塚」のこと。このあたりは京終のなかでも特に「肘塚」と呼ばれており、奈良時代の高僧・玄ムが藤原広嗣の怨霊によって身体をバラバラにされ、天から肘の部分が落下してきたあたりと伝えられています。

京終のもう一つの顔がうかがえる恐ろし気なエピソードですね。

<椚神社の基本情報>
住所:奈良県奈良市肘塚町208
アクセス:JR京終駅より徒歩3分

京終をめぐろう

ならまちとかかわりを持つにもかかわらず、全国的な知名度を獲得するにはいたっていない京終界隈。しかし、奈良町の北方が「きたまち」という名で観光スポット化しつつある今日、それに続くのが京終界隈であることは間違いありません。今回は歴史遺産を中心にご紹介しましたが、ほかにも幕末から営業している醤油屋さんや創業100年の歴史を持つ酒屋さんなど、私たちの暮らしとかかわる魅力的なお店もたくさん存在します。この機会に京終界隈を散策し、奈良の新たな魅力に触れてみてください。

2022年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2022/08/01 訪問

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