ドラマ『花燃ゆ』の楫取夫妻ゆかりの地・山口県防府で歴史散策

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ドラマ『花燃ゆ』の楫取夫妻ゆかりの地・山口県防府で歴史散策

ドラマ『花燃ゆ』の楫取夫妻ゆかりの地・山口県防府で歴史散策

更新日:2015/02/18 11:20

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

山口県は、今やNHKドラマ『花燃ゆ』で話題の県。萩市はヒロイン杉文が生まれた町として話題を集めています。また防府市は、杉文から久坂文そして楫取美和子となった文の終焉の地。天然の良港三田尻を有し、交通の便が良かったこの防府こと三田尻は古代より栄えた町だったようです。そのためか、明治維新後に毛利家本邸も築かれ、楫取素彦・美和子夫妻が晩年を過ごすことになったのでしょう。そんな防府で歴史散策しませんか♪

毛利水軍の海軍局だった「三田尻御舟倉跡」

毛利水軍の海軍局だった「三田尻御舟倉跡」

写真:村井 マヤ

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防府市は昔は三田尻と呼ばれていました。萩往還の終点で、三田尻茶屋が置かれた町でもありました。毛利のお殿様はこの三田尻から江戸へ参勤交代のため舟で出立したのです。

御舟倉は、江戸時代の毛利水軍の根拠地として藩主の参勤交代、平時の交通などに備えて設置されたものです。現在は、ほんの一部を残すのみとなっていますが、警固町や局ノ内など当時の御舟倉を偲ぶ地名も残っています。

この海軍局こと御舟倉と楫取素彦の実の兄松島剛蔵は、深い関係があります。御舟倉は、文久3(1863)年に「海軍局」に再編され海上交通の拠点になりました。初代管轄者として、楫取素彦の兄松島剛蔵が就任したそうです。

当初の海軍局は、洋式船の操船技術習得を目的にしていましたが、松島は海軍という名にふさわしい人材を育成しようと奮闘したようです。ただし翌年松島は、藩の抗争で処刑されてしまったそうです。

写真の御舟倉の史跡は、現在は住宅地の中にあります。江戸時代初期は海に面していましたが、江戸中期ころから干拓が進み、次第に陸に挟まれるようになったとのこと。

聖武天皇勅願所である周防国分寺

聖武天皇勅願所である周防国分寺

写真:村井 マヤ

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旧山陽道に面して建てられている周防国分寺は、聖武天皇が国家の鎮護と国民の幸福を願って国ごとに建立された由緒ある官寺です。聖武天皇の時代ですから、奈良時代のこと。
現在は、往時の遺構遺跡と建造物の一部を残すのみですが、仁王門(楼門)と大金堂は残っています。

写真は、慶長元(1597)年、毛利輝元が建立し明和4(1767)年毛利重就が修築した仁王門こと周防国分寺楼門です。

国分寺には、歴史的文化財が多く残されています。是非ご覧くださいね♪

ちなみに、写真の白壁の5本線はただの模様ではなくちゃんと意味がありますよ。これは「筋塀」と言われるもの。3、4、5本の定規筋と呼ばれる白い水平線が書かれた築地塀のことで、5本線が一番格式が高いそうです。

重要文化財の金堂は見逃せない!

重要文化財の金堂は見逃せない!

写真:村井 マヤ

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写真は、二層入母屋造の仏殿で建坪116坪の金堂です。金堂内の須弥壇(しゅみだん:仏像を安置する壇のこと)は、桃山時代のものと伝えられています。従来のものは、応永24(1417)年に焼失したため応永28(1421)年に大内盛見によって再建されたものです。また現存の仏殿は、安永8(1779)年毛利重就によって建立されたものです。

本尊である薬師如来像も、須弥壇が焼失した同じときに焼失しています。再建は、上記した大内盛見によってなされました。また、その火災の折に当時の住職によって薬師如来の仏手が持ち出され現在の本尊の胎内に収められたそうです。実際、平成9年金堂の解体修理の際に、仏像内からその仏手が見つかったそうですよ。

周防国分寺は、多数の文化財のある歴史的価値の高い古刹!多々良山を北に、南に三田尻湾を望む景勝地でもあります。防府市街と三田尻湾を望める高台に位置する大伽藍は、創建当時の地にあります。

国分寺に至るまでの風景も静かで優雅な佇まいですので、是非往時を想像しながら散策してみて下さいね。

旧大名家・公爵家毛利家本邸の美しい庭園と国宝は必見!

旧大名家・公爵家毛利家本邸の美しい庭園と国宝は必見!

写真:村井 マヤ

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まるで、お城の大手門のような立派な門!まず、なぜ防府にこんな立派な毛利家本邸があるの?って思ってしまいます。このお屋敷の広さに感激!さすが、明治維新の立役者だった毛利家のお屋敷です。

しかも、大正時代の建物というからびっくり!これは正門ですので、ここから歩いてお屋敷と庭園、博物館へ。お屋敷に行くまで、少し距離がありますが、どんな豪邸が現れるかワクワクしますよ。

毛利氏庭園は、国指定名勝にも指定されていて、25000坪の広さがあります。丘あり、滝あり、せせらぎあり、サクラ、サツキ、紅葉など四季折々の楽しみもあります。

ましてや、お屋敷から続いて行ける博物館は貴重な史料やお宝が沢山あるので、必見です。なにより驚きは、その史料の多さでしょう。小早川隆景の書状や毛利元就の書などあり、よく残っているものだと驚き!

毛利博物館では、毎年10月末から「特別展『国宝』」を行っているので、その頃訪れてもいいのでは♪詳しくは下記MEMOをご覧くださいね。

壮大な敷地〜遠くにお屋敷が・・さすが毛利家!

壮大な敷地〜遠くにお屋敷が・・さすが毛利家!

写真:村井 マヤ

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お屋敷の広さは建坪1212坪。建築用材は、国内最高の建材を使用。例えば総檜造りで、廊下や板の間には巨大な欅板。板戸は、尾久杉一枚板、階段には木曽桧の角材。床の間には銘木「鉄刀木(たがやさん)や亜炭埋もれ木」を使用しています。
ここに大正時代の当主一家が住まわれました。天皇家の方々も訪れたそうですよ。

明治時代に華族の仲間入りをした楫取夫妻は、同じ華族としてかつての主君毛利家の方々との付き合いをしたといいます。楫取素彦は大正元年に亡くなっていますので無理でしょうが(お屋敷の落成は大正5年)、文は来たことあるかも知れませんね・・。

この庭園は、春には梅や桜、秋に紅葉の名所として知られています。美しく手入れされたお庭に、防府の方々の努力と文化財に対する思いを感じますよ。このように文化財が残っていることに感動します。この素晴らしい庭園は、東京の名庭園師佐久間金太郎氏の作庭です。

建設当時の建物がほぼ完全な形で残存している点も貴重です。当時の公爵家の生活を推察することもできて、行っただけで贅沢な気持ちになれます。

天気の良いときには、のんびりお庭を散策して旧華族の生活に思いを馳せても良いのでは♪

文化の香り豊かな防府へ・・

防府と言えば防府天満宮が有名ですが、他にも見どころ満載です。また、NHKドラマ『花燃ゆ』にちなんだドラマ館もありますので、ドラマ館で情報収集をされると良いでしょう。
ドラマ館から巡る旅もおススメです。下記MEMOたびねす記事も参照にして下さいね。

優しい防府の町は、なんとも風情があります。一度訪れたらきっとまた行きたくなる素敵な町ですよ。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/01/18 訪問

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