にんげんだもの!相田みつをの愛した小京都・足利市とグルメ

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にんげんだもの!相田みつをの愛した小京都・足利市とグルメ

にんげんだもの!相田みつをの愛した小京都・足利市とグルメ

更新日:2015/04/11 13:10

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 武蔵国ナビゲーター、歴史探索ブロガー

栃木県足利市は、清和源氏義家流・足利氏発祥の地としても知られ、フランシスコ・ザビエルが「坂東の大学」と呼んだ足利学校があることでも知られ、その街並みは北関東の小京都とも呼ばれています。

『にんげんだもの』などで著名な相田みつをは、その足利市に生まれ育ち、現在の著名な書家となりました。
今回は、その小京都足利に残されたみつをの足跡をご紹介いたします。

みつをを育んだ小京都

みつをを育んだ小京都

写真:Naoyuki 金井

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相田みつをは1924年足利市に生まれました。
生家は名刹『鑁阿寺(ばんなじ)』の東にあり、物心つく頃から鑁阿寺は遊び場だったようです。
また、近くには史跡『足利学校』があり、小京都の歴史と文化に触れる子供時代を過ごしました。

そのような環境で育ったせいか、旧制栃木県立足利中学校在学中には書や短歌、絵に親しみ、卒業後は歌人・山下陸奥に師事し、昭和17年秋の歌会で曹洞宗高福寺の武井哲応老師と出会い仏法を学びました。
その後、昭和18年に書家を志して岩沢渓石に師事し、本格的に書の修行を積み始めたのです。
こうして足利の地は後の『にんげんだもの』で著名となる詩人・書家である相田みつを育んだのです。

現在、鑁阿寺は、それまでの重要文化財から本堂が平成25年に国宝に指定されました。
小京都足利の名刹と共に、みつをの生誕の地を偲んでください。

みつをを支えた老舗旅館

みつをを支えた老舗旅館

写真:Naoyuki 金井

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こうして詩や書の世界に飛び出したみつをは、北原白秋や杜甫などを始めとする有名な歌人の歌を書いては“書”や“ろうけつ染め”などの作品にして足利にある旅館に売り込みを始めました。

初めて作品を売ったのが『旅館 なか川』で、昭和20年代初期の頃です。
『旅館 なか川』の初代女将・中川光子と出会ったみつをは、そこで夢を語りながら販売がままならないことを打ち明けたのです。
そこで光子は、「作品ができたら持ってくるように」と云い、みつをの初めての客となったのです。
その後、苦しい日々の続くみつをに「店の看板のデザインをしてみないか」と問いかけ、旅館 なか川”の部屋札やマッチなど多くの作品を制作し、デザイナーとしての才能を開花させたのです。

この『旅館 なか川』が、現在の『めん割烹 なか川』で、ここには個人で所有の相田みつを作品が沢山残されているのです。
みつをの描いた夢を、一緒に観ませんか。

みつをの愛したグルメ

みつをの愛したグルメ

写真:Naoyuki 金井

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更に売れない頃のみつをは、生活費に事欠く日々もありましたが、光子から、「遠慮せずに、ご飯も食べにおいで」と言われて、毎日のように“旅館 なか川”にご飯を食べに来ていたのです。

そしてみつをは、光子と「日本酒は1日1本」という約束をして、その日の出来事や創作への熱い思いを語っていました。
その当時、みつをが酒の肴に好んだのがニシンの甘露煮で、その甘露煮は、当時のままの味で現在も食べられます。
写真は甘露煮を入れた『ニシン蕎麦御膳』で、意外と甘さ控えめの甘露煮と少し甘めのコクのある出汁、そして純白の更科そばと彩りを添えるねぎが見事なハーモニーを奏でる逸品となっており、みつをの好きだったテーブルと中庭を観ながら食事ができます。

また、こちらではみつをが好きだった酒やビールも飲めますし、「なか川4代目の話を聞きたい」と予約しておけば、当時子供だった4代目の店主のみつをとの思い出話を聞かせていただけます。
みつをの青春の日々を、思い出話で楽しんでみてはいかがでしょうか。

みつをの活躍した舞台

みつをの活躍した舞台

写真:Naoyuki 金井

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みつをの開花したデザイナーとしての作品が他にも残されています。
創業明治元年という老舗の『香雲堂本店』です。

香雲堂本店は、みつをが売れない時代にデザイナーとして商店の包装紙のデザインやコピーを作る仕事の売り込みに行った先の1軒でした。
当時の香雲堂本店の主人が、それまでの包装紙を見せて「これよりもいいものを作る自信はありますか?」と聞いたところ、みつをは「自信は少しもありませんが、うぬぼれだけはいっぱいあります」と答えて気に入られ、包装紙や栞などの制作を依頼されたのです。

香雲堂本店の伝統の菓子は、足利学校や鑁阿寺など、当時の所縁の古印や落款をかたどった“古印最中”で、店舗にはみつをの作品も掲出されています。
また、市内には、みつをの命名した“ミート(逢)サブレ”のある『お菓子の虎谷』もあります。
みつをの描いた書と共に、粋なお菓子をご賞味ください。

みつをの眠る寺院

みつをの眠る寺院

写真:Naoyuki 金井

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相田みつをが眠っているのが『法玄寺』です。
寺伝によれば、足利尊氏の六代先祖の足利義兼の正室であった北条時子姫の菩提のために建立された古刹で、鎌倉時代に創建されました。
昭和六年に鎌倉時代のものと推定される五輪の塔が発見されたことから、北条時子姫の伝承が確認され、五輪の塔は現在足利市の重要文化財となっています。

この由緒ある寺院に相田家と共にみつをは眠っています。
仰々しい墓所ではありません。“相田みつを此処に眠る”という墓標があるので、それとわかりますが、それ以外はごく普通の墓所です。
飾らない人柄、そんな人格がにじみ出ているのかもしれません。
墓所は分かりにくいので、お寺の方に聞けば地図で説明していいただけます。

なお、こちらには世界的に有数な陶磁コレクションである栗田美術館の創立者栗田英男の墓所もあります。
旅の締めくくりに、人間だもの・相田みつをを偲んでください。

最後に。。。

相田みつをの故郷、足利市はいかがでしたか。
「鑁阿寺」と「足利学校」を結ぶ小路は、日本の道100選にも選ばれた“石畳の道”で、まさに小京都にふさわしい佇まいです。

ファンならずとも、相田みつをの足跡を辿りつつの足利散策は十分楽しめます。
四季折々に、古都の風情を楽しまれてはいかがでしょうか。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/02/14 訪問

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