創業三百年余の歴史〜長野・渋温泉「真田家旧本陣つばたや」

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創業三百年余の歴史〜長野・渋温泉「真田家旧本陣つばたや」

創業三百年余の歴史〜長野・渋温泉「真田家旧本陣つばたや」

更新日:2015/03/04 11:08

矢藤 りりかのプロフィール写真 矢藤 りりか ブロガー

信州・渋温泉は、石畳が続く道をカラコロと下駄を鳴らし浴衣姿の旅人が手ぬぐいを片手に歩く「九湯めぐり」が有名。歴史と趣のある街並みが人の心と身を癒してくれる温泉街。
その街の真ん中にひっそりと、しかし堂々と、明治初期の木造建築を残した旅館「真田家旧本陣つばたや」が建っています。創業三百年余の間に、この宿には多くの歴史上の人物が宿泊しました。もしあなたが歴史好きならば、きっと気を引く宿でしょう。

松代藩主真田家より本陣を仰せつかまった歴史ある宿とは?

松代藩主真田家より本陣を仰せつかまった歴史ある宿とは?

写真:矢藤 りりか

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「真田家旧本陣つばたや」の三代目の当主が、文化文政の頃、私財を投げうって、村人のために尽くした功績で、松代藩主真田家より本陣を仰せつかまったという歴史がある宿には、多くの歴史上の人物が宿泊、玄関にあなたはその名前を見ることができるでしょう。

名を上げれば、佐久間修理、小林一茶、高橋精一郎(明治十六年)、夏目漱石(大正元年八月二十六日)、若山牧水(大正九年五月二十一日)など、驚くような人物が滞在しています。

外観は純和風の木造建築で明治初期のままで格子戸の趣きある木造三階建て。
玄関もガラガラと戸をあけて入ると欅の上がり框と柱が目に入り、静かな気品が随所に感じられます。

湯屋造りの総檜家族風呂は、お一人様用の風呂だった!

湯屋造りの総檜家族風呂は、お一人様用の風呂だった!

写真:矢藤 りりか

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「真田家旧本陣つばたや」のお風呂は二つあり、一つは内風呂、もう一つが特に気を引く中庭にある湯屋造り、総檜家族風呂です。こちらは日帰り温泉不可ですのでこの風呂に入るために宿泊する旅人も。大正末期に建てられたという湯屋に、宿泊棟から外階段を使って中庭に降ります。湯屋の前にスリッパがあると誰かが入っているという合図。

家族風呂といっても湯船は半畳程度の広さなので、実際にに入れるのはたった一人です。
源泉100%かけ流しの、深さがある湯船に入ると、むかしむかしの旧藩主の士人が1人で入っていた姿が目に浮かぶかも。過去に想いを寄せてみるのも一興、凛とした時間が過ごせるでしょう。

おもてなし料理は地元食材で作るからこそ、贅沢を味わえる

おもてなし料理は地元食材で作るからこそ、贅沢を味わえる

写真:矢藤 りりか

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豪華絢爛ではありませんが「その土地の食材を味わってもらいたい」というメニューが最高のおもてなしです。地元の野菜を使い、米や味噌にもこだわって料理を提供してくれる「真田家旧本陣つばたや」。信州サーモンの色鮮やかさに目を奪われ、川魚に、田舎煮物に、変哲もないメニューなのに一品一品に味わい深さを感じるのが嬉しい。「本当のご馳走というものは、こういうものなのだ」と実感できるでしょう。それは、一日たった六部屋だけが稼働するという女将の話から、疲れた身体を癒し、ゆっくりと食事を楽しんで頂くための絶対人数だということです。

さぁ心ゆくまで、湯を、時間を、歴史を楽しもうではないか。

これだけ歴史ある、湯も楽しめる真田家旧本陣つばたや旅館、決して価格は高くなく10,000円前後で宿泊できるという渋温泉の中でも穴場の穴場の価格です。
とは言ってもワイワイ学生のノリで滞在する宿ではありません。
静かに湯を楽しみ、歴史を懐かしみ、そしてそれを尊ぶ客が好む大人の宿です。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2013/02/23−2013/02/24 訪問

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