これぞ江戸の匠の技!日本で唯一現存する代官所「高山陣屋」の見どころ

これぞ江戸の匠の技!日本で唯一現存する代官所「高山陣屋」の見どころ

更新日:2015/03/19 10:16

浮き草 ゆきんこのプロフィール写真 浮き草 ゆきんこ トラベルライター、プチプラ旅専門家、LCC弾丸トラベラー
岐阜県高山市は江戸時代の歴史・文化を肌で感じることができる日本屈指の観光名所。城下町として栄えた街並みは、国内外から訪れた多くの観光客を魅了してやまない。
中でも見逃せない見どころが日本で唯一現存する代官所「高山陣屋」だ。一番古い建築物は、1600年ごろに建てられたという。
江戸の匠の技を生で見られる「高山陣屋」の外せない見どころを紹介しよう。

無料のガイドを利用しよう

無料のガイドを利用しよう

写真:浮き草 ゆきんこ

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江戸時代に政治を司っていた陣屋は、現在でいう裁判所や役所の役目を果たしていた、いわゆる官公庁のこと。幕末には日本全国60か所もの陣屋がありながら、現在その姿を当時のまま残しているのは高山陣屋ただ一つだ。
明治維新後、各地の陣屋を政府が新しい役所に立て直したためという理由もあるが、岐阜県という場所にも大きく関係している。
一つは戦火を免れたこと、2つめは銅などの地下資源が豊富だったこと、3つめは岐阜県になる前の高山県の県庁として現在の建物をそのまま保存して使われていたといった理由により現在まで江戸の建築が引き継がれたという。

陣屋入り口正面には、三つ葉葵が掲げられ、徳川幕府の直轄領だったことがうかがえる。また、入り口付近には陣屋五人衆と呼ばれる高山陣屋通のガイドが待機。無料にも関わらず、60分間、歴史や陣屋内の見どころを一緒に回ってくれるため、ぜひ、利用したい。当日、窓口でも申し込めるが、事前に予約をする方が待ち時間なしで案内してもらえる。

※予約は下記メモ欄参照

裁判が行われた南北にある御白洲

裁判が行われた南北にある御白洲

写真:浮き草 ゆきんこ

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玄関から格式の高さがうかがえる高山陣屋。入り口真正面には壁一面に青海波模様が描かれている。青海波とは雅楽の楽曲のことで源氏物語の光源氏と頭中将が舞ったことでも知られているが、この青海波文様は、波が緩やかに続く=徳川幕府の末永い繁栄という風にもとれる形が好まれ、のちに徳川家だけに許されたシンボルとなった。

玄関の両脇には現在の裁判所などの役割を担っていた御白洲がある。右が民事、左が刑事裁判を行う場だ。
写真は民事裁判を行った御白洲(北)。取り調べされる下の砂利の色が白く見えることからこの名がつけられた。一般庶民は白洲、由緒ある浪人は板縁、武士、僧侶などは縁側で吟味をうけたという。左下側に見える石は、裁判官にひれ伏すときに手をのせたお手付石である。
御白洲(南)は刑事裁判が行われたことから拷問道具が置かれている。三角形の角材を並べて、その上に囚人を座らせ、膝の上には40kgもある抱石を乗せたという。道具を見ているだけで身震いが起こってしまいそうだ。

随所で見られる先人の知恵

随所で見られる先人の知恵

写真:浮き草 ゆきんこ

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各部屋の中には先人の知恵や技が随所に見られる。

陣屋内に152個ある写真の真向兎の釘隠しは、釘の頭を隠す飾り金具で、兎が真正面を向いていることから真向兎という。兎は昔から人間に幸せをもたらす動物といわれ、幸福招来で用いられる。また、長い耳で民衆の声をよく聞けという意味もある。

また、畳にも注目したい。上位階級の役人や代官が暮らす部屋などの畳には、縁に模様が施されているが、女中部屋などには縁がない。畳の違いで誰が暮らす、仕事をする部屋がわかるという畳でさえも格付けをしていたことが見てとれる。

公式な会議や儀式が行われた大広間

公式な会議や儀式が行われた大広間

写真:浮き草 ゆきんこ

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玄関の真後ろにあるのが公式の会議などに使われた大広間。三室に仕切ることができ、身分によって座る部屋が決まっていたという。当時の意匠を残す書院造りも見逃せない。

大広間の右奥にあるのが郡代の役宅だ。代官や奥方の居住スペース、湯呑所や台所など当時の道具なども展示され、暮らしぶりがうかがえる。身分差はここにも表れ、女中部屋は夜明けとともに起きれるようにと雨戸がない。当時の女中たちの苦労がしのばれる。

居間からは四季折々に表情を変える見事な庭園を眺めることができるため、当時に思いをはせながら美しい庭園を眺めてみよう。

日本で最大・最古の御倉

日本で最大・最古の御倉

写真:浮き草 ゆきんこ

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1695年高山城から移築された御倉は400年前のまま。日本で最大最古の御倉である。年貢米を貯蔵する8つの蔵には蛤刃の跡、当時の役人がメモした筆跡などが残る。当時を知ることができるさまざまな資料が展示しているためぜひ立ち寄りたい。

蔵の下側に注目すると、蔵の通気口に火伏石と呼ばれる石をはめこんでいるのがわかる。この措置をすることで火の侵入を防ぐというのだ。

御倉に行くには御白洲(南)から行くことになるが、途中屋根の造りを見ることができる。豪雪地帯の高山ならではの屋根の建築様式は、原木を薄く剥いで作った屋根板を狭い間隔で何枚も重ねることで、水の侵入を防いだという。当時は安かったものが現在は1枚9万円もするという高級品。屋根の修復だけでも数億円もするというから驚きである。

高山陣屋前では朝市も開催

3000坪を超える敷地には数々の見どころがあるため、最初におススメしたガイドツアーを予約して解説してもらうとより知識が広がる。

陣屋前では朝6時から朝市が行われ、野菜や果物を並べるお店を見ることができる。陣屋前朝市を見学してから高山陣屋を観光するといいだろう。

400年前の建築を現在に伝える高山陣屋を一度は訪ねてみたい。

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