日光に新名所誕生!「金谷ホテル歴史館」で老舗ホテルの誕生秘話と歴史を巡る

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日光に新名所誕生!「金谷ホテル歴史館」で老舗ホテルの誕生秘話と歴史を巡る

日光に新名所誕生!「金谷ホテル歴史館」で老舗ホテルの誕生秘話と歴史を巡る

更新日:2015/03/24 15:03

フルリーナ YOCのプロフィール写真 フルリーナ YOC 絶景・感動探究家、旅する音楽講師

日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」は明治初期、一人の外国人と一人の若き雅楽師・金谷善一郎との出会いから始まりました。ホテルの前身「金谷カテッジイン」は修復改装を経て「金谷ホテル歴史館」として再スタート!

金谷ホテルの誕生秘話と金谷カテッジインを愛した外国人たち。日光はなぜ明治期に外国人の避暑地として有名になっていったか・・。「金谷ホテル歴史館」で、そんな歴史のロマンを感じませんか?

金谷ホテルは一人の若き雅楽師とヘボン博士の出逢いと心のふれ合いから始まった!

金谷ホテルは一人の若き雅楽師とヘボン博士の出逢いと心のふれ合いから始まった!

写真:フルリーナ YOC

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金谷ホテルの創業者・金谷善一郎は日光東照宮の雅楽師でした。明治初期、善一郎は一人の外国人に出会います。その外国人は日光に来たものの泊めてもらえる場所がなく困っていました。当時はまだ鎖国をやめて開国をしたばかり。文明開化の時代とはいえまだ外国人への偏見も多かった時代です。

善一郎は、その外国人が困っているのを見かねて自宅へ招き宿泊させました。その外国人は有名なヘボン博士。善一郎の暖かな心に感動したヘボン博士は善一郎に外国人のための宿をつくってはと進言。善一郎は自宅を改造して外国人が安心して泊まれる民宿「金谷カテッジイン」を明治6年に開業しました。この時彼は弱冠21歳でした。

「金谷カテッジ・イン」はもともと武家屋敷だったことから外国人に「サムライハウス」と呼ばれていました。そのため「金谷侍屋敷」とも呼ばれています。「金谷侍屋敷」は、2014年に国の登録有形文化財に指定されました。そして修復・改装を終えて2015年3月29日に「金谷ホテル歴史館」としてグランドオープンします。

外国人客から「サムライハウス」と呼ばれ愛された、金谷カテッジイン

外国人客から「サムライハウス」と呼ばれ愛された、金谷カテッジイン

写真:フルリーナ YOC

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外国人にサムライハウスと呼ばれ愛された「金谷ホテル歴史館(金谷カテッジイン)」に入ると、タイムスリップしたような世界が広がります。ここは釘を使わずに作られています。長年の風雨にも耐えうる江戸時代の建築の技にも驚きですね。

歴史を経た梁や柱は重厚で調度品や襖に描かれた絵は美しく、小さな滝が流れる裏庭や、滝から引いた水が流れる庭園の小川など魅力に溢れています。

また、裏庭や両面の庭園を眺められるガラス戸は吹きガラスを使用しているので、差し込んでくる光が柔らかく揺らめき、より一層、庭の風情が増して感じられます。

「サムライハウス」には知恵を凝らした秘密が!

「サムライハウス」には知恵を凝らした秘密が!

写真:フルリーナ YOC

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ここは2階の客室ですが、江戸時代に武士が住んでいた武家屋敷の面影はこんなところにも残っています。押入れの引き戸かと思いきや、引き戸を開けるとそこは、いざという時に逃げられる抜け道になっています。でもここから飛び降りたら怪我をしそうですね。

その他にも、刃傷沙汰を避けるために刀を振り上げられないように低く作られた天井や、逃げるためにいくつかの階段があったりと、興味は尽きません。外国人のお客さんがこの「サムライハウス」に泊まった時の驚きと感動が目に浮かぶようです。

英国人旅行作家・イザベラバードが滞在した部屋。

英国人旅行作家・イザベラバードが滞在した部屋。

写真:フルリーナ YOC

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英国人旅行作家のイザベラ・バードは、明治11年に江戸から北海道までの旅の途中に日光を訪れました。その間、金谷カテッジインに12日間滞在しています。この部屋はイザベラ・バードが滞在した部屋です。

イザベラは、その著書の中でカテッジインに宿泊した感動を『家の内にあるもの、外にあるもののすべてが目を楽しませてくれる。これまでの<宿屋>の騒音とは違い、勢いのよい川の流れと小鳥のさえずりが聞こえてくるだけの音楽的な静けさには、本当に心が洗われる』と、その著書の中で紹介しています。

イザベラはその後、2度日光を訪れ、金谷ホテルに宿泊しています。そして、イザベラの書いた『日本奥地紀行』により、日光は外国人が広く知るところとなり、評判の避暑地となっていきました。

歴史を示す天井裏の梁の埃

歴史を示す天井裏の梁の埃

写真:フルリーナ YOC

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この写真は屋根裏の梁。梁にかぶった埃はわざとそのままにしているそうです。まさに日光が金谷カテッジインが外国人の避暑地として愛されてきた歴史を示す埃・誇り・・・なのですね。

善一郎はヘボン博士や多くの人の支えによってカテッジイン開業から20年後の明治26年に「金谷ホテル」を設立。72歳でこの世を去るまでホテル経営に情熱を注ぎ続けました。その後太平洋戦争に突入。外国人客は来なくなり、従業員も多数召集され、終戦と同時に米軍によりホテルは接収。苦難の時代が続きました。

しかしその苦難の時代にも守り引き継がれた伝統とホスピタリティーは現在の「金谷ホテル」に脈々と受け継がれ、世界中の人々から歴史ある名ホテルとして愛されています。

金谷ホテルに泊まった著名人は数知れません。皇室や各国の王室関係者、チャップリン、リンドバーグ、ヘレンケラー、アインシュタイン、ガンジー等々、まさに歴史を刻んだ名ホテルです。

その出発点は若き雅楽師・善一郎の優しい心であり、人と人との出逢いであり、多くの人の善意と支えがそこにありました。金谷ホテルの歴史は、まさにホテルの魅力である細やかで暖かなホスピタリティーとして現代にまで受け継がれています。

金谷ホテル歴史館について

いかがでしたでしょうか。金谷ホテルの歴史のみにとどまらず、多くの外国人を惹きつけてきた日光の歴史をも知ることができる「金谷ホテル歴史館」。イタリア大使館別荘なども合わせてごらんになると、多くの外国人をひきつけてきた日光の歴史にも触れることができるのでは。

金谷ホテル歴史館には、抹茶を飲める素敵なスペースも設けられています。またレトロな魅力にれるカテッジイン・レストランも歴史館に隣接しています。レストランでは金谷ホテルベーカリーの焼きたてパンを使う様々なメニューやスィーツを提供しています。また、ベーカリーと土産品やクッキーなどを売るスーベニア・コーナーも併設されています。

館内は、文化財保護のため撮影禁止となっていますので写真撮影はご遠慮ください(今回は取材のため特別に撮影許可をいただきました)。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/03/15 訪問

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