源氏が想いを馳せた武家の都「鎌倉」。ゆかりの地を訪ねて、あなたも「鎌倉通」になろう!

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源氏が想いを馳せた武家の都「鎌倉」。ゆかりの地を訪ねて、あなたも「鎌倉通」になろう!

源氏が想いを馳せた武家の都「鎌倉」。ゆかりの地を訪ねて、あなたも「鎌倉通」になろう!

更新日:2015/03/23 18:43

Isao Noguchiのプロフィール写真 Isao Noguchi 著述業、観光検定教材製作者、ブロガー

源頼朝はなぜ、鎌倉に幕府を開いたのでしょう。三方が山々に囲まれているといった、地理的要因は確かにあります。しかし、それ以外に「京都から離れる」、すなわち権威(天皇)と権力の分立を図ったという点が非常に大きいのです。この着想は政治・文化などにも色濃く反映されています。ご紹介する源氏ゆかりの史跡・旧跡を訪ねることで、その構想に至る過程を肌で感じてください。きっと、奥深い鎌倉の歴史に驚かれるはずです!

由比若宮(元八幡)。かつては由比若宮の前にも広大な砂浜と海岸線が広がっていた。

由比若宮(元八幡)。かつては由比若宮の前にも広大な砂浜と海岸線が広がっていた。

写真:Isao Noguchi

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閑静な住宅街に佇むとはまさに此処のこと。由比若宮は細い路地に小さく建つ神社ですが、大きな歴史の転換期となった場所です。鎌倉と源氏の本格的なつながりはここから始まりました。
源頼朝の先祖、源頼義は「前九年の役」において、京都岩清水八幡宮に戦勝祈願をしました。そして勝利を収めた頼義は、1063年、岩清水八幡宮を鎌倉に移しお祀りしたのです。これが今の元八幡です。現在の鶴岡八幡宮は源頼朝が創建したものです。境内には「源義家公 旗立の松」や「岩清水の井」があります。また、この一画には大正時代、作家の芥川龍之介が住んでいました。小説の『或阿呆の一生』の中に当時の生活を思わせる一文が残っており、彼の面影を伺い知ることができます。

甘縄神明神社。河内源氏とゆかりの深い社。

甘縄神明神社。河内源氏とゆかりの深い社。

写真:Isao Noguchi

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甘縄神明神社は鎌倉最古の神社。源氏とのゆかりも深い名所です。
奈良時代に建てられた神社であり、名僧・行基が草創したことでも知られています。
源頼義は当社に祈願して嫡男義家を授かり、1063年には修復も行いました。源頼朝の崇敬もあつく、1186年には社殿を修理し鳥居などを建てました。境内には北条時宗の産湯となった井戸や、安達盛長邸跡もあります。鎌倉の谷津に囲まれた境内は、長谷のメイン通りから奥まったところにあり、静かで鎌倉らしい魅力に溢れた場所といえます。

佐助稲荷神社。翁が夢の枕に立ち、頼朝がこの地の祠を探しあてたとされる社。

佐助稲荷神社。翁が夢の枕に立ち、頼朝がこの地の祠を探しあてたとされる社。

写真:Isao Noguchi

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源頼朝の吉夢を元に創建された佐助稲荷神社。
佐助の静かな谷津に建っています。頼朝の吉兆に由来する話は「銭洗弁財天」が有名ですが、こちらも鎌倉らしい風情のある社です。
清らかな空気が覆う山深い佐助稲荷神社は、麓からいくつもの朱の鳥居が並び、長い参道が続きます。鳥居がそれほど大きくはないので、手荷物は最小限に留めたほうが良いでしょう。

実朝歌碑(由比ヶ浜)。近代批評として名高い小林秀雄も賞賛した才能。

実朝歌碑(由比ヶ浜)。近代批評として名高い小林秀雄も賞賛した才能。

写真:Isao Noguchi

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3代将軍実朝は歌人としても名高い人物でした。
長谷駅から由比ヶ浜の「坂ノ下地区海浜公園」に向かって歩くと、この歌碑があります。
「世の中は つねにもがもな 渚こぐ あまのを舟の 綱手かなしも」
小倉百人一首にも選ばれている名歌です。歌碑の立つ場所は潮風が心地よく、海岸線を一望できる絶景スポットでもあります。

巽神社。源頼朝が特に崇敬すべき祖とした源頼義ゆかりの神社。

巽神社。源頼朝が特に崇敬すべき祖とした源頼義ゆかりの神社。

写真:Isao Noguchi

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巽神社は、寿福寺に向かう途中、注意していないと見過ごしてしまうぐらい、地味な神社です。
坂上田村麻呂が蝦夷征伐に向う途中、葛原岡に勧請したのが始まりとされ、1049年に源頼義が社殿を改修したと伝えられています。 その後、寿福寺境内の鎮守として祀られましたが、再び遷って現在の地に鎮座されました。この地が寿福寺の巽の方角に当ることから「巽荒神」と呼ばれるようになったそうです。

「武家の品格」とは何か。「鎌倉」は街全体がそれを教えてくれる。

鎌倉市内を散策する際、地図上では把握しているのになかなか辿りつけない、ということが多々あります。そんな時は充分に迷ってみてください!目的地までの途中、様々な「発見」が必ずあるはずです。電柱の横に武将の邸宅跡の石碑がぽつんと建っていたり、鎌倉ならではの個性豊かなお店があったりと、これこそがまさに「鎌倉通」への第一歩なのです!

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/03/15−2015/03/16 訪問

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