写真:猫乃 みいこ
地図を見る5月3日は「上杉まつり」のクライマックス。午前中は、市街地を「上杉行列」が練り歩きます。上杉・松岬両神社のみこし御渡は南方向から、上杉軍団の甲冑行列は中心部からパレードします。市内中心部の大沼デパート前で2つのパレードが合流すると、総勢千数百人に及ぶ大迫力のパレードに!
市街地を練り歩いた上杉軍は、そのまま午後の川中島合戦場へ。午後は、松川(最上川)の河川敷で合戦が再現されます。戦国最強の双璧といわれた、上杉謙信と武田信玄。両者が死闘を繰り広げた川中島は、長野の犀川と千曲川の合流する中に挟まれた地名ですが、上杉まつりでは松川(最上川)で再現。河原沿いは、コンクリートの階段状になっており、中心部には有料席がありますが、無料席もたくさんありますので、観客はどこからでも合戦が見やすくなっています。
両軍が入場し、武田軍は、写真のように戦勝を祈願して、三献の義を行います。この後、諏訪法性の兜を着けた信玄を、赤構えの武田軍が守ります。
写真:猫乃 みいこ
地図を見る一方上杉軍は、頭巾姿の謙信を中心に、上杉28将が並び、武帝式が行われます。謙信は、自らを毘沙門天の転生であると信じ、そのカリスマ性や、指揮統率能力の高さ、正確な速攻性という戦略から、軍神とも呼ばれました。
謙信に仕えた武将のうち、評価の高い28将の中でも「柿崎景家」「直江景綱(実綱)」「宇佐美定満」「甘粕景持」の4人は、上杉四天王と呼ばれ、謙信を支えた武将です。登場人物は、それぞれ名前を書いた旗を立てていますので、遠くからでも見やすいですよ。
写真:猫乃 みいこ
地図を見る武田軍は赤旗が目印。弓鉄砲隊が登場し、上杉軍を狙います。矢の先が花火になっていて、赤い煙が立ちのぼり会場を盛り上げます。
武田軍は、鶴が翼を広げるように本陣を中心として左右が広がった「鶴翼(かくよく)の陣」の形をとり、敵陣を中央に突撃させ、左右の羽根をすぼめて包囲するという陣形。
一方上杉軍は、部隊を円形に配置し、車輪が回転するように動かしていく「車係りの陣」の形をとり、次々に新しい部隊が戦えるので、攻撃力を発揮しやすい戦法です。
謙信と信玄の一騎打ちも見られます。馬上の謙信が刀を振りかざし斬りつけ、信玄が軍扇で応戦。やがて信玄の家臣が現れ、信玄は命拾い!のシーンは圧巻です。
写真:猫乃 みいこ
地図を見る劣勢になった武田軍に、援軍が!川中島を渡って別動隊が応援に駆け付けます。もちろん「上杉まつり」では、その場面も再現。松川(最上川)の対岸から、本当に甲冑を付けた武将たちが、バシャバシャとしぶきを上げながら川を渡って来ます。
河原には鉄砲隊も出現。空砲が鳴り響き、臨場感たっぷりです。
写真:猫乃 みいこ
地図を見るそして、戦国史上最大の戦いといわれる、上杉軍と武田軍の激突が始まります。永禄4年(1561年)秋の戦を再現。写真のように、両軍が入り乱れる合戦シーンは、大迫力です。切られた武者は、その場に倒れるという本格的な戦い。演技派の武者もいて、甲冑を付けている武者がバク転をしたりと、見ごたえ充分です。
この合戦は、後に豊臣秀吉が「卯の刻より辰の刻までは、上杉の勝ちなり。辰の刻より巳の刻までは、武田の勝ちなり。」と評したといわれています。
勝敗が付かなかった川中島の合戦ですが、「上杉まつり」では、上杉軍の勝鬨でラストを迎えます。
5月3日は、午前中に「上杉行列」、午後は「川中島の合戦」があり、1日楽しめる「上杉まつり」。市街地や河川敷には、たくさんの露店が並び、市を挙げての一大お祭りです。1日楽しめるように、敷物や帽子を持参することをお薦めします。
米沢市内には、日本三大和牛「米沢牛」が食べられる店もたくさんありますので、美味しい食事と合わせて「上杉まつり」を見るのも良いでしょう。川沿いでは、この時期しだれ桜や八重桜が見事に春の花を咲かせていますよ。GWには、米沢に出かけませんか?
この記事の関連MEMO
このスポットに行きたい!と思ったらトラベルjpでまとめて検索!
条件を指定して検索
(2025/2/11更新)
- 広告 -