「日光金谷ホテル」147年の歴史と文化を巡る時間旅行へ出発!

「日光金谷ホテル」147年の歴史と文化を巡る時間旅行へ出発!

更新日:2020/08/23 09:20

フルリーナ YOCのプロフィール写真 フルリーナ YOC 絶景・感動探究家、旅する音楽講師
現存する日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」。この名ホテルは一人の若者と一人の外国人の出会いから始まり、国際避暑地・日光の種を蒔き、避暑地文化を牽引してきました。世界中の著名人や旅人から愛されて止まない、日光金谷ホテルの魅力とホスピタリティ。147年を経た現在もその歴史をしっかりと引き継ぐ「日光金谷ホテル」の魅力、これを知ったら滞在が更に面白くなる文化財としての見どころに迫ります。

昨今の状況により、施設等の営業日や営業時間などに変更が生じている場合があります。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新情報をご確認ください。また、Go To トラベルキャンペーンについては全国で一時停止となっています。お出かけの際はしっかりと新型コロナウイルスの感染予防および拡大防止対策をして行動しましょう。(トラベルjp)
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金谷ホテルのホスピタリティは誕生秘話にさかのぼる

金谷ホテルのホスピタリティは誕生秘話にさかのぼる

提供元:金谷ホテル

http://www.kanayahotel.co.jp/地図を見る

日光の避暑地文化を牽引してきた日光金谷ホテル(国登録有形文化財)。世界中の著名人を虜にしたこの名ホテルの歴史は、明治初期のある出来事・・・ひとりの若者と、ひとりの外国人との出会いから始まります。

金谷ホテルのホスピタリティは誕生秘話にさかのぼる

写真:フルリーナ YOC

その青年は日光東照宮の若き雅楽師、金谷善一郎。善一郎は日光に来たものの、泊めてもらえる場所がなく困っていた外国人を見かねて自宅へ招き宿泊させました。善一郎の家に招かれ、温かなもてなしを受けたのは、アメリカ人宣教医ジェームス・ ヘップバーン。ヘボン式ローマ文字を考案したヘボン博士として知られる人物です。

善一郎はヘボン博士の進言を受け、自宅の一部を改造し、明治6年に外国人が安心して泊まれる民宿「金谷カテッジイン」(写真)を開業。

「金谷カテッジ・イン」はもともと武家屋敷だったことから外国人に「サムライハウス」と呼ばれていました。「金谷侍屋敷」と「土蔵」は、2014年に国の登録有形文化財に指定され、現在は「金谷ホテル歴史館」として一般公開されています。

開業当初のロビーは、現在のホテル2階のダイニングルーム!

開業当初のロビーは、現在のホテル2階のダイニングルーム!

写真:フルリーナ YOC

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その後明治26年、金谷善一郎は現在の地に「金谷ホテル」を創立、営業を開始。栃木県初の電話導入や、自家用水力発電所を設置、大正7年には既にボイラーを設置し給湯・暖房も完備されていました。

金谷ホテルは開業当初から昭和10年頃まではベランダと車寄せを持つ、2階建てのコロニアル風な建物でした。1階玄関ロビーには鉢植えが飾られ、階段の手すりには赤いランプがありました。この赤いランプは現在、2階のダイニングルーム前にあります。つまり現在の2階のダイニングルームに当たる部分が、当時は1階ロビーだったのです

開業当初のロビーは、現在のホテル2階のダイニングルーム!

写真:フルリーナ YOC

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大正時代に入ると日光は国内外要人のリゾートとしてさらに発展。金谷ホテルには、大正11年の英国皇太子殿下のご宿泊をはじめとし、外国王室や国内宮家の方々もご宿泊されるようになりました。その後、昭和10年には別館(写真)を新築。

別館の設計者は数々の名設計を残した久米権九郎。彼は金谷ホテル別館設計の1年後に、軽井沢万平ホテルも設計しています。「万平ホテル」と「金谷ホテル」そんなことを思いながら2つのホテルを見てみると、内装の雰囲気が何となく似ていると感じることも!

また金谷ホテルと兄弟の建物と言われる箱根「富士屋ホテル」の花御殿を設計したのは、金谷ホテル別館を建てた金谷眞一の弟正造。正造は富士屋ホテルに婿入りし山口正造となり、富士屋ホテルの3代目社長になった人物です。

日本のクラッシックホテルを代表する、「日光金谷ホテル」・「富士屋ホテル」・「万平ホテル」には、こんな繋がりがあったのです。ぜひ、それぞれのホテルに泊まる時や訪れる時、そんな歴史の一コマを思い浮かべてみてくださいね。

開業当初のロビーは、現在のホテル2階のダイニングルーム!

写真:フルリーナ YOC

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さらに昭和11年には本館を地下に掘り下げる形で増築が行われ、現在のような重厚な大谷石造りのエントランスとなりました。しかし現在使われている玄関の回転扉は、本館の改築以前より使用されていたもので、改築の際に現在の場所へ移されたと考えられています。

メインダイニングルームには開業当時のホテルの面影が!

メインダイニングルームには開業当時のホテルの面影が!

写真:フルリーナ YOC

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現在のメインダイニングルームには、当時の面影が随所に残されています。ダイニングの飾り棚(サイドボード)も、細かい彫刻の施された素晴らしいもので、明治時代の金谷ホテル食堂の写真にも写っています。

メインダイニングルームには開業当時のホテルの面影が!

写真:フルリーナ YOC

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金谷ホテルには様々な場所に彫刻が施されていますが、中でも目を引くのが、メインダイニングの暖炉の上に飾られている華やかな彫刻「迦陵頻伽(かりょうびんが)」。

会津小荒井の「吉田仙十良」による作品で、岩絵の具の彩色が施された作品です(材質はケヤキ)。迦陵頻伽は、上半身が美しい女性で下半身は鳥の姿の生き物で、極楽浄土で妙なる声で鳴くと言われています。ぜひ注目してみてくださいね。

メインダイニングルームには開業当時のホテルの面影が!

写真:フルリーナ YOC

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また、現在はパーティーや会合などに使われる「小食堂」と呼ばれる2階の部屋は、増築前にはメインダイニングとして使われていた、ホテルで一番古い食堂。壁には十二支の彫刻、丸い柱の柱頭には牡丹の花の彫刻が施され、当時の華やかなディナーの様子が目に浮かぶよう。この頭注彫刻は、金谷ホテル初期の写真にも見られ、同様の柱がメインダイニングにもありますので、食事の時にぜひゆっくり見てくださいね。作者は初代・二代目・三代目の彫恒という名であることがわかっています。

また天井は格子天井で様々な花鳥風月が描かれています。格子天井は神社仏閣や高級な書院造など使われる、最も格式の高い天井。細部に至るまで最高のものを求めた金谷ホテルのこだわりが感じられます。

ホテルの夜を演出してきた、本館バー「デイサイト」

ホテルの夜を演出してきた、本館バー「デイサイト」

写真:フルリーナ YOC

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金谷ホテルの夜を彩るのは「バー デイサイト」。現在の1階部分が増築された時この美しいバーも作られ、世界各国のお客様をもてなすためにウイスキーやスコッチなどの種類も当時から大変豊富に用意されていました。

そしてバーに、深い優しさを与えているのが大谷石製の大きな暖炉。この暖炉は一説によると、明治38年に金谷ホテルを訪れたフランク・ロイド・ライトの設計とも伝えられています。ライトは、ニューヨーク・グッゲンハイム美術館や帝国ホテルの設計家としても知られる近代建築の三大巨匠のひとり。この暖炉の作者がロイドかどうかはわかりませんが、その作者を暖炉を眺めながら推理してみるのも、胸ときめくひと時です。

ホテルの夜を演出してきた、本館バー「デイサイト」

写真:フルリーナ YOC

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暖炉脇の美しい彫刻を持つ長椅子は、二代目社長・金谷眞一が大正14年に世界一周旅行に出た際、持ち帰ったものと伝えられるもの。歴史を経た長椅子の艶は、このバーを訪れた多くの外国人や著名人、そして多くの旅人がこのホテルで過ごした美しい「時」を感じさせてくれます。

また、このバーでは真空管アンプでジャズのレコードを聴くことも!お客さんの中には自分のLPレコードを持参して、リクエストする人もいるとか。レトロで優しい音のジャズを楽しみながらのお酒・・・特別な時間になりそうですね。

日光の文化を牽引してきた、金谷ホテル。そして今も!

日光の文化を牽引してきた、金谷ホテル。そして今も!

写真:フルリーナ YOC

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金谷ホテルは、ただ泊るだけのホテルではありません。時の中で、ホテルに集う人々それぞれが、文化を楽しみ、文化を発信してきました。

たとえば、大正時代に造られたプールやスケートリンク・・・日光にウインタースポーツを広めた大きな功労者でもあるのです。それにしても大正時代に、ホテルにプールやスケートリンクが造られていたなんて驚きですよね。

日光の文化を牽引してきた、金谷ホテル。そして今も!

写真:フルリーナ YOC

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更に驚くのは、スケートを見て楽しみ、集って楽しむ「観覧亭(通称・竜宮)」「展望閣」まで作られていること。そしてこれらの施設は今も現役で使われているんですよ。

かつて紳士淑女が、夏は避暑に、冬はウィンタースポーツを楽しみに、集い社交を繰り広げた、日光金谷ホテルならではの文化遺産(国登録有形文化財)です。

日光の文化を牽引してきた、金谷ホテル。そして今も!

写真:フルリーナ YOC

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こちらは明治34年、当初はダイニングルームとして使用されていた部屋。天井は「吊り天井」工法で造られているため、柱の無い広い空間が実現し、幾度となくダンスパーティーも行われてきました。また、四方の欄間は、バンケットルームが造られた時にあつらえた、三十六歌仙の画が飾られています。牡丹と虎が表裏に描かれた、ついたてや格天井などもあり、これらは東照宮拝殿のイメージを意識したものとみられています。

この部屋は、15年以上も「金谷ホテル音楽祭」の会場として使われています。当時ワルツなどが流れたこの部屋で、現代となった今も音楽が流れ音楽を楽しむ、素敵な時間が流れます。

金谷ホテルの歴史を知って滞在を楽しもう!

現存する日本最古のリゾートクラシックホテル「日光金谷ホテル」。金谷ホテルが歩んできた140年の歴史とその文化的価値は広く認められ、国登録有形文化財、近代化産業遺産に指定されています。

金谷ホテルを訪れた多くの著名人の宿泊記録の一部は本館1階ロビーに隣接した展示コーナーで見ることができ、また屋外にある「展示室・金谷の時間」では、140余年の金谷ホテルの歴史に登場するの様々な出来事などに関する展示がされています。

また金谷ホテル伝統の洋食文化、100年カレーや、金谷ホテルベーカリーのパンやケーキもお楽しみくださいね。

そして最後にひとつクイズを!実は東照宮のみならず、日光金谷ホテルも「眠り猫」がいるのです。さて、どこに何匹いるでしょう?金谷ホテルに宿泊するときにぜひ探してみてください。

2020年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。

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