東照宮だけじゃない!日光の世界遺産攻略ガイドとひざ小僧に会いに行こう!

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東照宮だけじゃない!日光の世界遺産攻略ガイドとひざ小僧に会いに行こう!

東照宮だけじゃない!日光の世界遺産攻略ガイドとひざ小僧に会いに行こう!

更新日:2016/04/26 17:39

遠藤 まさみのプロフィール写真 遠藤 まさみ 世界遺産探検家、ホテルマニア、クラフトビア愛好家

日光の代名詞ともいえる東照宮。徳川家康公の霊廟として、圧倒されるほどに綺羅びやかな姿を今に残す陽明門や唐門、また左甚五郎の作品といわれている眠り猫や「見ざる聞かざる言わざる」で有名な東照宮の三猿像など、数々の傑作が人々の目を楽しませてくれます。

世界遺産は隣接する日光二荒山神社と輪王寺も含めた、二社一寺に属する103棟が登録されています。これら二社一寺を訪ね、世界遺産の価値を明らかにしましょう。

日本独特の信仰「人物神」をまつる東照宮

日本独特の信仰「人物神」をまつる東照宮

写真:遠藤 まさみ

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約4万9,000平方メートルにに及ぶ「東照宮」の敷地内。さまざまな建築様式による55棟の建造物のうち、国宝8棟、重要文化財34棟の合計42棟 が世界遺産に登録されています。

家康の遺言により駿府の久能山(現久能山東照宮)に葬られ、一周忌を経て江戸城の真北に在る日光の東照社に改葬されます。東照宮の前身となる東照社は、徳川家康の側近だった僧侶天海の命により、久能山に埋葬されていた1年の間に完成されました。祭神は家康の神号である「東照大権現」で、亡くなった人を神としてまつる「人物神」信仰も日本独特といえます。

それから約20年後1636年に、陽明門(国宝)など55棟が建て替えられ、ほぼ現在の姿となります。東照宮と社号が改められたのは1645年のことでした。3代将軍徳川家光によって執り行われた「寛永の大造替」では、幕府の莫大な資金が惜しげも無く投入され、より一層荘厳な社殿となります。以降も江戸幕府は大工などの専門家を配し、建造物の保全・回収を続けてきました。そして昭和大修理を経て現在は「平成の大改修」の名の下に、拝殿をはじめとする東西透塀、正面唐門や陽明門の改修を行っています。

建立から長きに渡り修繕が行われてきた「東照宮」。その伝統技術や工法と共に、未来永劫残していきたい世界の宝なのです。

日本古来の神道をよく表している「日光二荒山神社」

日本古来の神道をよく表している「日光二荒山神社」

提供元:遠藤隆尚

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日光の山岳信仰の中心「日光二荒山神社」。日光山の主峰男体山(二荒山)、女峰山、太郎山を神格化した神、大己貴命(おおなむちのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)の三神がまつられ、日本古来の神道をよく表しています。神社の歴史は古く、850年頃には現在の東照宮鐘楼付近に社殿が移転された、という記述が残っているそうです。

二荒山神社を参拝する際は、本社本殿に注目してください。日光の数ある社寺の中でも「寛永の大造替」以前から残る八棟造りの貴重な社殿で、この神殿建築が後の東照宮本社と輪王寺大猷院(たいゆういん)に見られる「権現造り」へと発展したと考えられています。

神仏習合思想を今に残す「日光山・輪王寺」

神仏習合思想を今に残す「日光山・輪王寺」

提供元:遠藤隆尚

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輪王寺は766年に勝道上人が創建した四本龍寺に源を発し、かつては日光山全体とその周辺の社寺を総合して「日光山 輪王寺(にっこうざんりんのうじ)」としていました。しかし明治時代に実施された神仏分離令によりその範囲は、天海により復興を遂げた仏教系建造物群である本堂・大猷院(たいゆういん)・慈眼堂・常行堂・中禅寺・護摩天堂・四本龍寺等のお堂や本坊などとされました。輪王寺では唯一の国宝である大猷院のほか、重要文化財37棟の計38棟が世界遺産に登録されています。

ここでは本堂の三仏堂に安置されている仏像をしっかり拝観しましょう。ご本尊である千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音がまつられていますが、それぞれ大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の本地仏、つまり日本古来の八百万の神々は、実は様々な仏の化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるという、神仏習合思想の考え方が確認できるのです。

徳川三代将軍・家光公の霊廟「大猷院」

徳川三代将軍・家光公の霊廟「大猷院」

提供元:遠藤隆尚

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輪王寺で忘れてはならないのが、すこし離れた位置にある「大猷院」です。徳川三代将軍・家光公の「祖父である家康公(東照宮)を凌いではならない」という遺言に基づき造られた、黒と金を使用した権現造りの本殿が持つ、その重厚さ。目の前に立つだけで圧倒されます。

東照宮よりも一回りも二回りも小さい本殿ですが、その装飾は負けず劣らず素晴らしく、たくさんの金が使用されていることから別名「金閣殿(きんかくでん)」とも呼ばれています。内部は狩野探幽(かのうたんゆう)の描いた唐獅子、天井には140枚の龍の絵などがあり、室内にあって宇宙のような世界が広がっています。

東照宮とは打って変わって人も少ない「大猷院」ですが、その分静寂の中をじっくりと拝観できます。白と金の東照宮、黒と金の大猷院。両方を拝観してこそ、近世日本における社寺建設の完成形とも言われる「権現造り」の建築美を体感できるでしょう。

ひざ小僧の語源はここにあり!?「夜叉門」の烏摩勒伽に注目!

ひざ小僧の語源はここにあり!?「夜叉門」の烏摩勒伽に注目!

写真:遠藤 まさみ

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大猷院の本殿を拝観し終え「夜叉門」をくぐる、その前に見ておきたいのが、烏摩勒伽(うまろきゃ)です。四体の夜叉、阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、烏摩勒伽、犍陀羅(けんだら)が安置されている「夜叉門」は、家光公の霊廟(れいびょう)を守護する役目を担っています。また、躍動感はあふれる牡丹(ぼたん)の花が大胆に彫刻されていることから、「牡丹門」とも呼ばれています。

四体の夜叉の中でも烏摩勒伽は、全国的に見ても珍しく中々お目にかかれません。そして烏摩勒伽の膝頭(ひざがしら)に注目すると、なんとゾウが彫刻されています。膝のシワが小僧の顔に見える、 膝が見えるほど短い着物を着た小僧さん、などひざ小僧の語源は諸説ありますが「烏摩勒伽の膝のゾウ」から転じてひざ小僧になった、という説もあり、この仏像の立派なゾウを見れば、まさにその通り!と思わずにはいられませんね。

日本の信仰形態の歴史が読み解ける世界遺産「日光の社寺」

装飾の素晴らしさが何かと話題の日光東照宮ですが、このように日本独特の信仰「人物神」をまつる東照宮、日本古来の神道をよく表している「日光二荒山神社」、神仏習合思想を今に残す「日光山・輪王寺」、そしてかつて1つであったものが明治政府の神仏分離政策によって二社一寺に別けられた、という日本のさまざまな信仰形態の歴史が読み解ける世界遺産なのです。

世界遺産「日光の社寺」として登録されている二荒山神社、東照宮、輪王寺の二社一寺に属する103棟。世界遺産として、そして歴史を振り返りながら、朝からぜひゆっくりと回ってみてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2013/08/22 訪問

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