白壁と水郷の町・倉敷!大橋家住宅に見る豪商の暮らしぶり

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白壁と水郷の町・倉敷!大橋家住宅に見る豪商の暮らしぶり

白壁と水郷の町・倉敷!大橋家住宅に見る豪商の暮らしぶり

更新日:2015/04/23 10:23

村井 マヤのプロフィール写真 村井 マヤ 中国・九州文化的街並探検家

岡山県倉敷市と言えば、白壁と水郷に囲まれた美しい蔵の町です。芸術家にも愛された町で、愛した町でもあります。倉敷川畔美観地区は、まるでタイムスリップしたかのよう・・。その倉敷で、今回ご紹介するのは、倉敷町屋の典型を示す「大橋家住宅」です。主屋や長屋門、米蔵、内蔵は国の重要文化財の指定を受けています。大原美術館を設立した大原家と並ぶ大地主の邸宅は、倉敷の発展を支えた品格をも感じさせ、美しさは圧巻です。

町屋では許されなかった「長屋門」のある商家

町屋では許されなかった「長屋門」のある商家

写真:村井 マヤ

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今回ご紹介する「大橋家住宅」は、倉敷駅から一番街アーケードを抜けて風情を楽しむか、倉敷中央通りを歩き、4番目の交差点を右に曲がるかの、どちらかで行かれると分かりやすいでしょう。
ちなみに美観地区は、倉敷中央通りを歩き5番目の交差点を左です。

倉敷ロイヤルアートホテルにも隣接していますので、ホテルを目印にされても良いでしょう。

さて、「大橋家住宅」前に来られましたら、武家屋敷のような立派な長屋門(写真)が目に飛び込んでくるでしょう。長屋門の風格ある佇まいに、思わず立ち止まってしまう・・。そんな情緒漂う外観です。

長屋門は、通常町屋に使用されることはなく、倉敷代官所の許可がなければ許されない門です。大橋家の格の高さを物語っています。

大原家と並ぶ大地主であった大橋家!実は武士の家柄?!

大原家と並ぶ大地主であった大橋家!実は武士の家柄?!

写真:村井 マヤ

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大橋家のご先祖は、豊臣氏に仕えた武士の家柄。慶長20(1615)年の大坂夏の陣以後、京都五条大橋あたりに隠れ住み、大橋と称するようになったと言われています。

大橋家の発展は、江戸後期に塩田・新田開発によって財をなし大地主となったことです。大橋家は、大原家と共に「新禄」と呼ばれる新興勢力を形成し倉敷の発展に貢献しました。

大橋家は、水田や塩田開発で大地主になったかたわら金融業も営みました。名字帯刀も許され、文久元(1861)年には、倉敷村の庄屋をつとめました。

ちなみに大原家は、綿仲買商人として大いに発展した大地主でした。明治22(1889)年、倉敷紡績(クラボウ)の設立に参加した大原孝四郎や、その後大原家を財閥として発展させた大原孫三郎は、大原美術館設立などで有名な人物です。

写真は、長屋門を抜けて前庭から主屋側を撮影したもの。本瓦葺、厨子2階建てで往時の新禄勢力の屋敷構えを見ることができます。

2階に見えるのが、「倉敷窓」です。5本の格子を入れて内側に引き戸があります。また主屋に見られる塗屋造りは、外壁を内・外側の両面、軒裏や2階正面などを漆喰仕上げとした耐火性に富む構造です。

大橋家は、大原家とは違い、通りに直接主屋が面しておらず、長屋門を抜け前庭を介して主屋があるのが大きな特徴です。前庭からの主屋の眺めは、何とも趣がありますよ。

倉敷格子が粋な演出を・・いまや住宅の素敵なアクセントに

倉敷格子が粋な演出を・・いまや住宅の素敵なアクセントに

写真:村井 マヤ

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写真は、土間を撮影したもの。向かって左側の大きな窓にある格子が「倉敷格子」と言われている格子。長屋門にもありますから、お屋敷に入るときにご覧になって下さい。

上下に通る親竪子(おやたてご)の間に細い短い桟が入っているのがお分かりでしょうか?ちょっと粋でしょう・・。上部は採光の役割、下部は外から見えにくく、中からは見えやすいという特徴があります。

格子からもれる光がなんとも風情がありますよね。

米蔵・内蔵も国の重要文化財!米蔵では珍しいものも・・。

米蔵・内蔵も国の重要文化財!米蔵では珍しいものも・・。

写真:村井 マヤ

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写真は、新座敷奥にある内蔵。ここは当主しか出入り出来なかった場所です。この蔵は、類焼を防ぐために別棟として作られましたが、利便性と防犯を考え接続されたようです。

内部の床下中ほどに、砂場のような場所があり、そこを掘ると石棺が収められており、さらに内部には備前焼の壷が配置されていたそうです。これも耐火のためなんでしょうね。

蔵の外には、金庫が展示されています。頑丈な箪笥に複雑なカラクリが施された錠前があります。

内蔵と同じ重要文化財である米蔵は、表門を抜けて右手にあります。大橋家ゆかりの品々が展示されていて、中には「紙腔琴(しこうきん:オルゴールの一種です)」や犬養木堂(犬養毅)の手紙の展示などがあり、興味深いですよ。
奥側の米蔵は、倉敷ロイヤルアートホテルの「レストラン八間蔵」として利用されています。お屋敷内からレストランの様子も垣間見ることができます。

昔の藩札や銀札、寛永通宝をお土産にいかがでしょう♪

昔の藩札や銀札、寛永通宝をお土産にいかがでしょう♪

写真:村井 マヤ

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大橋家は、「普請覚」などによって寛政8(1796)年から寛政11(1799)年にかけて主要部分が建築され、文化4(1807)年、嘉永4(1851)年の2度にわたって大規模な改造が行われたことも判明しています。

平成3年から7年にかけ、建物の解体を含む保存修理工事が行われ、最盛期の輝きを取り戻しています。

写真は、長屋門内で販売されている本物の「藩札」「銀札」「寛永通宝」を利用したお土産。この通貨は、米蔵にも展示されていますが、大橋家に沢山あり、価値はそんなにない物なんだそうですよ・・。

藩札(江戸時代に各藩が独自に領内に発行した紙幣)は兌換保証の紙幣で、藩札の交換対象となる物とその量が藩札に明示されています。札使いは銀遣い経済地域である西日本において特に盛んで、銀との兌換の銀札が最も多かったそうです。

写真の左側の白色と青色の札が本物の「藩札」「銀札」です。なかなか面白いお土産になるかと思いますよ。
*普請覚・・建築・土木工事の覚書

美観地区だけではない!倉敷の魅力満載の大橋家住宅

大橋家住宅は、重要な文化財ですが、美観地区内に入っていないこともあって、意外な穴場です(美観地区は倉敷大通りを渡ってすぐ)。
この大橋家の豪華なお屋敷をご覧になってから、美観地区へ行かれたら倉敷町歩きもぐっと感慨深いものになるはず。

大橋家住宅に行かれましたら、案内の方にいろいろ質問してみて下さいね。親切に教えて下さいますよ。倉敷は、美観地区だけではないですよ。より倉敷を満喫されるためにも、大橋家住宅拝観はおススメ♪

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/04/13 訪問

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