ふしぎ発見好きに訪れてほしい!イタリア「カステルデルモンテ」謎多き8角形の城

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ふしぎ発見好きに訪れてほしい!イタリア「カステルデルモンテ」謎多き8角形の城

ふしぎ発見好きに訪れてほしい!イタリア「カステルデルモンテ」謎多き8角形の城

更新日:2015/05/11 16:01

滝川 リョウのプロフィール写真 滝川 リョウ

イタリア南部の高台にそびえる「カステルデルモンテ」。とある旅行サイトで「死ぬまでに行きたい世界の名城25選」のひとつにもなった、世界遺産です。この城の魅力は未だ解明されていない多くの謎を秘めていること。謎を解くカギは、かつての城主フリードリッヒ2世の趣向にかかわるのですが、数学や天文学など多方面に及ぶため、様々な憶測を呼んでいます。そんなカステルデルモンテの"謎"と見どころを紹介します!

カステルデルモンテは秘密基地だった!?

カステルデルモンテは秘密基地だった!?

写真:滝川 リョウ

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イタリアの1セントユーロ硬貨の絵柄でもある「castel del monte(カステル・デル・モンテ)」。「山の城」という意味があり、プーリア州アンドリアのムルジェ高原の上にそびえています。

カステルデルモンテに関して明らかになっているのは、13世紀に皇帝フリードリッヒ2世が建設したということだけで、その他の事柄は何もわかっていません。便宜上「城」という名になっていますが、実は何に利用されていたのかといったことも、依然として謎のままなのです。

実際に訪れてみるとわかるとおり、城を囲む城壁もなければ、堀もなく、1階と2階を結ぶ、らせん階段は左回りになっています(通常、城のらせん階段は右手に槍を持つ敵に不利になるよう右回りに設置されています)。

いろいろと憶測が飛び交い、キリストの聖遺物の隠し場所だったとか、あるいは錬金術師の秘密基地であったとか、ピラミッドの数学的な解釈物であった――、といった面白い仮説も真面目に議論されています。現実的な見解として、皇帝は鷹狩を趣味としていたので、狩猟後の宴会用として作られた娯楽施設だった、というのが最も有力な説です。

カステルデルモンテはどうして八角形なのか?

カステルデルモンテはどうして八角形なのか?

写真:滝川 リョウ

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ミステリアスな憶測が飛び交うのは、カステルデルモンテの形状に理由があるかもしれません。中心をなす建物が八角形であることに加え、それぞれの頂点に八角形の塔が建っています。専門家ならずとも興味をもってしまう珍しい形です。と同時に「8」という数字にまつわる古今東西様々なエピソード(たとえば、キリスト教では復活の数字であるとともに、イスラム教では天国を表す数字)などを結びつけたくなる不思議なパワーに満ちあふれています。

カステルデルモンテの中で、特にそんな空気を感じることができるのは、中庭の中心に立って、空を見上げたときです。八角形に切り取られた青い空を見ると、そのまま宇宙の彼方まで吸い込まれていきそうな、不可思議な力を感じます。――そして、カステルデルモンテはどうして八角形なのか?という疑問が湧いてくるのです。

フリードリッヒ2世は、十字軍としてエルサレムに入城した際、八角形のイスラム寺院に関心を持ったといわれています。エルサレム入城とカステルデルモンテ建設の時期とが整合していることから、イスラム寺院から受けた何らかの影響をカステルデルモンテに反映していたとしても不思議はありません。

春分と秋分の日に美しい奇跡が起こる!

春分と秋分の日に美しい奇跡が起こる!

写真:滝川 リョウ

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2階の窓から下をのぞき込むと、そこには八角形の中庭が広がり、20mの高さの石壁が中庭を囲んでいます。ここでは謎というより、計算し尽くされたというにふさわしい事象が起こります。春分と秋分の日のちょうど正午になると、石壁の影が中庭の一辺にぴったりと重なるのです。

中世の時代、建物の神聖さを表現する上で、太陽光線と建築物に関わり合いをもたせる技法はよく用いられていました。また、フリードリッヒ2世が天文学に大きな関心を寄せていたことも、カステルデルモンテにおいて、春分と秋分に光の演出を取り入れた理由として挙げられるでしょう。

しかし、いずれにしても、宗教施設でもなく居城でもない場所に、こういった光の演出を取り入れた本来の意図は不明であり、ここでもまた、カステルデルモンテの謎とフリードリッヒ2世の奥深さに翻弄されてしまうのです。

カステルデルモンテの正面玄関は黄金比に基づき設計されている!

カステルデルモンテの正面玄関は黄金比に基づき設計されている!

写真:滝川 リョウ

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カステルデルモンテの正面玄関は、その縦と横の比が黄金比(1.618:1)に基づき設計されています。数学者フィボナッチがフリードリッヒ2世の宮廷に出入りしていたので、単なる偶然の賜物というわけではありません。建築物に黄金比を用いたことは、ルネサンスの先駆けでもありました。

ときにフリードリッヒ2世は「早く生まれすぎた皇帝」と称されます。時代を先取りしたことへの賞賛と、あまりに最先端を走ったため周囲の理解を得られなかったことへの憐れみを含んでいます。そんな彼が何を考え、東南の方向に据えた正面玄関に黄金比を用いたのか、文献も残っておらず今となっては知る由もありません。ただ、当時に思いを馳せながらその扉を通り抜けれると、不思議な世界に誘われるのは確かです。

カステルデルモンテは二つの聖地を結ぶ直線上に建っている!

カステルデルモンテは二つの聖地を結ぶ直線上に建っている!

写真:滝川 リョウ

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屋外に出ると、眼下にオリーブとブドウの緑の木々が茂る景色を望めます。とても平和で穏やかな風景。そんな光景をゆっくりと眺めていると、なぜ、ここに巨大な建築物が必要だったのか?という疑問を抱かずにはいられないでしょう。もしここが、かつて街の中心だったり、敵地との境界線だったのなら理解もできるのですが、そういうわけでもなさそうです。さらに、皇帝の好んだ鷹狩の、猟場だったというのは本当だろうか?とさえ思えてきます。

実は、カステルデルモンテの位置は、当時のキリスト教の中心シャルトル(パリ)とイスラム教の第一聖地メッカとの2点を結んだ直線上にあります。一説によると、この立地には特別な意味があるようです。というのも、当時宗教や人種が複雑だったシチリア島で幼少期を過ごしたフリードリッヒ2世は、キリスト教徒でありながらイスラム教にも深い理解を示していました。そのため、二つの聖地と線でつながる場所にあえてカステルデルモンテを建てたのではないか、といわれているのです。ただ、この見解も推測の域を出ることはなく、真実はおそらく永久に謎のままです。

まとめ

イタリアの世界遺産「カステルデルモンテ」の"謎"と見どころを紹介しました。日本ではあまり馴染のない観光スポットですが、なかなか興味深い場所です。なぜここに、どのような目的で、八角形の建物を建てたのか。いずれも解明されておらず、謎に満ち、それだけにより一層興味を掻き立てられます。

フリードリッヒ2世亡き後、カステルデルモンテは荒れ果ててしまいました。牢獄として使われた時代もあれば、山賊のすみかになっていたこともあります。外壁や内部を飾っていた装飾品は、盗賊によってはぎとられ、持ち去られてしまいました。というわけで、残念ながら、往時の姿を見ることは叶いません。しかし、ときにはこのような場所で、あれこれ想像してみるのも面白いのではないでしょうか。

季節を問わず温暖な場所ですので、「死ぬまでに行きたい世界の名城」カステルデルモンテを一度訪れてみてくださいね。

それでは良い旅を!

<行き方>
南イタリアの玄関口バーリからアンドリア駅まで電車で約1時間
アンドリア駅前のバス停から路線バスに乗り継ぎ約40分
(バスは夏季4〜9月のみ運行。1日4便。6番バス)

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掲載内容は執筆時点のものです。

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