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地図を見る京都の代表的な観光地である嵐山。現在一般的に呼ばれる「嵐山」は渡月橋を中心とした観光エリアの総称を指しています。厳密な地名で言えば渡月橋の南岸が嵐山地区、北岸は嵯峨地区となります。また、渡月橋の後方の山は正式に「嵐山」という山で、山自体もちゃんと存在しています。
嵐山の名の由来は諸説あり、有力とされているのは「日本書紀」に記されている「歌荒樔田(うたあらすだ)」の地。この辺り一帯が月読神を奉った歌荒樔田ではないかとされていて、その荒樔田にある山→あらす山→嵐山になったとされる説。
また、別の説では愛宕山から吹き下ろす「愛宕おろし」に桜や紅葉の葉がさながら花の嵐のように散らされるところから、嵐山と呼ばれるようになったとされる説もあります。個人的にはそちらの方が風情もありますし、嵐山の魅力が春と秋に本領発揮されるという点からも、後者を信じたいところです。
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地図を見る嵐山は平安時代から、その風光明媚な土地柄、多くの貴族の別荘地となっていました。醍醐天皇が始めたという「船遊び」は現代にも伝わり、嵐山では屋形船が今も毎日運行中。遠い昔の平安貴族たちが見たであろう同じ景色を楽しむことができます。
また、夏の風物詩である嵐山の鵜飼は清和天皇によるが宮廷鵜飼が行われたのが始まりとされています。一度は途絶えたものの再興され現在でも嵐山では夏に鵜飼が行われています。
また、鎌倉時代の亀山天皇が月夜の晩に渡月橋の上流にて船遊びをしていた際に読んだ歌「くまなき月の渡るに似る」。現代語訳すると「曇りのない夜空に月がまるで橋を渡っているかのようだ」というところでしょうか。この歌から『渡月橋』という名が付いたとされています。昔も嵐山は人の心を打つ光景が広がっていたということですね。
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地図を見る京都・嵐山の象徴的存在『渡月橋』は桂川の北岸と中之島を繋ぐ全長155m。中之島から南岸を結ぶ橋は『渡月小橋』と呼ばれる別の橋です。しかし、二つをまとめて『渡月橋』という扱いも多いのも事実です。
『渡月橋』の見た目は周囲の景観に溶け込むような木製に見えますが、それは欄干部分のみで橋脚・橋桁は鉄筋コンクリート製。車が通ることを知らない人もいるようですが、2車線の車道が通っており、路線バスも渡月橋を渡ります。
また『渡月橋』は色々な境目でもあり、この『渡月橋』は南岸は西京区と北岸は右京区となります。また、京都は川の名前が急に変わることでも有名。『渡月橋』より上流は大堰川、下流は桂川と呼ばれ、川の名前の境目にもなっています。
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地図を見る嵐山の夜といえば、毎年夏の鵜飼か冬に行われる「嵐山花灯路」以外は特に観光資源が乏しく、昼間の雑踏が嘘のように静まりかえります。そんな夜の嵐山の見所の一つは、渡月橋の歩道を照らすLEDを用いたほのかなライトアップ。
実はこのライトアップ、渡月橋のすぐ上流で行われている水力発電により電力を供給されているのです。しかもその水力発電は実に小規模なものであり、日本でも初とされるマイクロ水力発電!一級河川に設置された小水力発電設備の国内第一号。回転機を使用する逆変換装置なしの国内第一号。小水力利用推進協議会の小水力発電導入促進事業の国内第一号など、初モノづくしが実は渡月橋にあったのです。
京都議定書が結ばれた地、京都の代表的観光地・嵐山で人知れず温暖化防止の道しるべとして、夜の橋を照らす灯りがあるのです。
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地図を見る春の嵐山は「日本さくら名所100選」にも選ばれていて、桜でも名高いことで有名。桜が咲く頃には後嵯峨上皇が吉野から移植したという桜が山肌をピンク色に染めます。
また、秋の嵐山も「日本紅葉の名所100選」に選ばれていて、錦に染まる山肌はまさに絶景そのもの。同じ場所で桜も紅葉も楽しめるという点が嵐山が全国的にみても随一の観光地とされる所以でもあるのです。
当然、夏の緑萌える嵐山も冬の雪に包まれた嵐山も見事。四季をこれほどまでにダイナミックに味わえる場所というのは日本にも他になかなかないのではないでしょうか。風光明媚という言葉は嵐山のためにあるような言葉なのです。
いかがでしたか?日本でも有数の観光地である嵐山ですが、案外知られていない事も多いかと思います。その魅力をまずご理解いただき、世界遺産天龍寺や竹林の道など、嵐山の魅力をさらに引き出す観光資源をめぐってみてはいかがでしょうか?ぜひ春夏秋冬の嵐山を満喫して下さい!
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(2024/10/10更新)
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